5 嫌い=好き?
─────2日目、二人きりの夕食。
結局そのまま 彼は食事を終え、あたしの目の前で 席から立ち上がった。
あたしは 昨日に引き続き 重い空気の中、弁解めいた会話をするきっかけも、雰囲気を
回復させる機会も 逃したまま、慌てて同じように シンクに立った。
「いいよ、オレ しとく。」
「いいって!あたしがする!」
「……………どうせ瑞香がしたら 皿壊すのがオチだって」
「…っ!何よっ それ どーゆー意味 ?!」
ハッ、またやっちゃった…!
慌てて訂正する。
「………ごめん………。」
あたしの 「ごめん」 は、蚊の鳴くように小さい。しかも、何だか 拗ねてる小さい子供のように
なっちゃった。
累は チラリとあたしを見て、ほんの少し、口元だけで苦笑した。…だけど 全然、覇気の
無い 疲れたカオ。
「…じゃあ、オレ洗う。お前 拭く係り。」
「あ!うんっ、分かったっ!」
ちょっと ホッとした。
二人で洗い物をして、二人で順番にシャワーして。…たまたま観たいTVが
同じだった
から、リビングのソファで 映画を観た。
だけど 累は決して、あたしのほうを 見ようとしない。話し掛けても来ない。
「…あ、明日は 何 食べる…?」
コマーシャルになると、あたしは遠慮がちに そう話題を振ってみた。
「…別に 何でも。適当。」
「あっ、で、でもねっ、あたし 今日も作ってもらったから…、明日は あたしが作るよっ」
「………いいよ、テキトーに作る、オレが」
「えっ、でも…、」
累が小さく ため息を付く。
あ、何か あたし、気に障る事…言った…?
こちらを見ない横顔は、「じゃあ瑞香 何作れる?」 と訊ねてきた。
「えっと………、鍋ものとか?湯どうふ ?!」
材料切ったら いいだけだもんっ。
今度は 露骨に嫌な顔を、こちらに向けられた。
「今、夏だろ…?何で 夏に鍋だよ」
「─────………。」
なに?その態度。すっごく愛想がないっ。………って、そりゃ いつもの事だけどっ、今に
始まった事じゃないけどっ。
どうして…?
どうして あたしにはそんな、冷たく当たるの…?
みんなには あんなに 笑顔 振り撒いてるクセにっ。どうしてよ……… ?!
ガタリ、と音を立てて。彼が ソファから立ち上がる。…ローテーブルが 彼の膝にぶつかっ
て、少しだけズレた。
「………オレ、自分の部屋 戻る」
まだ 映画も終わっていない。
あたしは無性に たまらない気持ちに襲われ、気がつけば 彼に向かって当たり散らして
いた。
「何よ…ッ !! そんなにあたしの事 嫌い…っ ?!」
大きな声を出したせいで、前触れもなく 両の瞳から 大粒の涙が溢れ落ちる。
それでもあたしは お構い無しに、感情のまま 叫んでしまった。
「いっ、いいよっ、嫌いでも… !! だけどっ!あんまりじゃないの ?! その態度…!」
「瑞香…、」
「あたしが この2週間くらいっ、どんな想いで居たかなんて 累は 全然知らないんだ…!」
「え………っ、」
「だ、大体 何ッ ?! 学校の中でイチャついちゃってさっ!学校は勉強するとこで イチャつく
場所じゃないんだからね…っ !! あんた判ってんの ?!」
あたしも 知らず立ち上がり、彼の目の前で 彼を見上げていた。
「泣くなよ…、」
「うるさいっ!うるさい うるさいッ!バカぁー !!」
「うわっ !!」
あたしが 彼の襟首を掴んで押したせいで、彼は再び ソファーの座部に尻餅を付く。それ
でも あたしは 彼に圧し掛かりながら、八つ当たりした。
「あたしにはっ 化粧が濃いとかっ 香水が気に入らないとか そんな事ばっかり言うクセに…
っ! ミドリには優しくしてさっ、…お母さんには親切でさっ、」
「それはお前が オレにムカつく事 言ったり、ケンカ 売ってくるからだろ?」
「違うッ!先にイジワルしてきたのは 累だもんッ!あたしの事 嫌いなら そう言えばいい
のに !!」
「嫌いじゃないよ、別に そんなんじゃないって…!」
累は 3人掛けサイズのソファに 半ば仰向けになりながら、両肘だけで、浮かせた上体を
支えていた。
あたしは そんな累に馬乗りになって、真上から彼に ワケの分からない文句を浴びせた。
あたしの涙は 彼の胸元にポタポタ落ちる。───…何だか惨めだ。
「何で 泣いてるんだよ、理由 言え!」
彼に 形勢を逆転され、起き上がられたせいで あたしは背後のソファアームに
背中をぶつ
けた。
今は彼が あたしの両腕を掴んでる。
「だって…っ、ヤだもんっ、寂しいもんっ、…何で あたしに冷たくするの… ?! 姉弟じゃんっ、
…何で…っ ?!」
「じゃあ 訊くけどっ!瑞香は何ですぐ オレにケンカ売ってくるんだよ ?!」
「売ってない!」
「売ってる!…てか 大体っ、姉弟ってなんだよ ?! そんな事 思ってもいないクセに!」
「思ってるよっ!」
「思ってないっ!絶対 思ってない!」
「思ってないのは 累のほうだよ…!いっつも あたしに偉そうに命令してきて…っ!」
「だって瑞香は オレの姉さんなんかじゃ ないだろ ?!」
「……………?!」
「…そんなの いきなり半年前から、同い年の 同じ学校の生徒、今日から姉ですなんて、
ムリだって普通!…それにお前 頼りないしっ。オレよりずっと ガキだしさ!」
「だ、だから それは…っ、さっきも言ったけどっ ごめんって…!あたしホントは累の事
子供
だなんて思ってないしっ!水泳の事とか ホントはすごいな、って 尊敬してるし…っ!」
「じゃあ もういいだろ…? 一人にさせろよ…、」
「だって…っ!悔しいじゃん…!悔しいもん…!」
「何が ?!」
あたしはとうとう 両目を手の甲で覆い、幼い子供のように 嗚咽を上げてしまった。
これじゃ いつかの、一人 ベッドで泣いた時みたいだっ。
あたし一人、累の世界に入れてもらえない。あたし一人だけ 仲間外れだ。それがとてつも
なく惨めで、置いてきぼりにされたような感じで。
「………、瑞香………、」
累の声が にわかに、気遣うようなニュアンスをのせて 潜められる。
なだめるような指先が、あたしの髪を 静かに梳いた。
「………っ ?!」
そんな風にされると思ってなかったから、突然の 彼の変化に、今度は ギョッと固まって
しまう。
「─────…お前が やたら張り合って来るからさ…、オレも つい…その、楽しんで
しまった、今まで ごめんな………。」
フワリ、と 累の暖かさが、あたしの両肩から 首を包み込む。
え… ?! ───…えっ ?! …累?
「………だけど、オレは お前に冷たくしてないよ…、本当に」
「嘘…ォっ、…ぇ…っ」
「してない、ホントに」
どういう事… ?! 分かんないよ…っ。頭 ぐちゃぐちゃ…!
「……どう、して あたし…、っ嫌われた…?どうしたら、仲良くなれる…っ…?」
「─────…だからオレは 嫌ってないって…。むしろ その逆………」
「───…っ…、えっ………?!」
「…瑞香…、お前 今付き合ってるヤツの事…本気なのか…?」
「─────…?」
累の声は あたしを抱き締めたまま、あたしの耳の後ろのほうで 低く響いてる。
「─────…。なぁ 瑞香。…オレのカン違いじゃなかったらさ。…お前 最初は、オレの
事 好きじゃなかった…?」
「……………っ !!」
いきなりな そのセリフに、あたしは一気に 真っ赤になってしまった。
少し肩を離して、あたしの顔を 間近に見つめる瞳。
彼が ふいに頬を緩めて、困ったように 小さく笑う。
「オレ、ちょっと タカ括ってたんだよ。…絶対お前は オレを好きだ、って。だから…どうせ
毎日一緒に居るし、時間はあるし…急がなくってもいいかな、って。…意地張ってくる
お前も けっこう可愛くて、オレも ワザと冷たくしたりさ。…きっとお前も それを楽しんでる、
って思ってた」
「………ウソ…」
「…したら いきなり、津村 翠を 紹介されるしさ、オレは正直、うろたえた。え?! ちょっと
待て、って。予想外の展開で。」
「……………ッ でもっ、」
「オレの思い違いだったか ?! って…。そしたらお前、彼氏 居るって言うし…。正直 あの日
は かなりのショックで………。」
「えぇっ ?!」
あたしのほうが、仰天してしまう…!
累は 再び、あたしを 彼の胸の中に抱き寄せた。…彼の懐の中は、まるで 彼の微笑みの
ように うっとりと甘くて 柔らかい。
まだ よく回らない混乱した頭で、あたしは必死に 彼の言葉を整理する。
「……あの夜、ホント サイアクだった…。お前は今頃 オレの知らない男と会ってるのかな、
って考えただけで もう、全身かきむしりたいような すごい感情が溢れてきて、もうマジで、
全身の血が 逆流してたかも…。一晩 眠れなかった。─────…あれって 嫉妬だ、
やっと今だから 認めるけど………。」
「─────…信じられない………。」
あたしは 彼の胸に頬を埋めながら、驚きに 目を見開いていた。
彼の 心臓の鼓動は、その言葉を肯定するように ものすごい速さで 大きく脈打ってる。
「翌日なんて もう、夜明けと共に起きるしかなくて、仕方ないから 町内走って…それでも
ダメで、プール行って クロール何往復したか分からないよ。期末テストなんてもう、投げた。
…とにかく 気が狂いそうだったから、毎日泳いで…大会に向けて 水泳に没頭しよう、
って…。」
ウソ、ウソ、ウソ……… !!
「じゃっ、じゃあッ !! だって 昨日、ミドリと キスしてたよねッ ?! ミドリの事はっ
?!」
急に頭を上げたあたしに 危うく彼の顎が当たるところだった。
「─────…してない」
「ウソだっ !!」
「………してないよ、したフリ しただけ」
「ハァッ ?!」
今度は 累の顔が、少し赤くなる。あたしから視線を外して、彼は白状した。
「………瑞香が こっちを見たのが分かったんだ、だから…気を引きたくて、…お前の反応
見たくて…」
「 !! 」
でも でも…ッ!
「あ…っあたしからは キスしてたようにしか 見えなかったもんっ!」
「…こうしたんだよ…、」
「 ! 」
累は額を ゴツン、と あたしにぶつけた。
「…ぜーったい嘘ッ !!」
ホントはもう、疑ってなんか なかった。
「───…なぁ、こんな事 言うはずじゃなかったけど…、オレ苦しいよ、お前に
彼氏居る
って聞かされても、オレ多分 お前を諦め切れないよ…。…なぁ、もう 今さらムリか……?
そいつの事、そんなに好き………?」
「─────………ッ…、」
累が あたしを見てる。恥ずかしすぎて、思わず目元を 手で覆って隠した。だから
彼の
表情までは見えないけれど…今も痛いくらい、視線が突き刺さるのを 感じる。真摯な
眼差しの気配を。
多分 思いつめたような、少し揺れてる 瞳。今、彼を見たら 目が潰れちゃうかも知れ
ない…っ、だって その瞳が、きっと あたしの瞳の奥まで覗き込んでくる…。心の中まで、
見透かされちゃう…っ。
「ムリなんだったら、頼むから しばらくオレの事、放っといて───…、でないと
かなり
キツいんだ、毎日こうして 顔合わせて…、お前 オレの隣りの部屋に居て………、」
やだぁ まだ信じられないよ……… !!
ウソだよ…っ、今のこんなセリフが、ホントに 累の口から出てるの… ?!
あたしなんかの事が 好き… ?!
ウソみたいだ…っ、信じられない…!
「…付き合ってる人…っ、…ごめんっ、あれ 嘘なんだよね…、」
あたしの声は、自分でも驚くくらい 震えていた。恥ずかしすぎる、格好悪すぎる…っ。
おそる おそる、手を降ろして 彼を見上げた。
累の目が 殊更見開かれる。その後、少し 眉根が寄せられた。
「……マジで… ?!」
観念して 白状する。
「…ホントは お水のバイトしてた…ただのスナックだけど…。ミドリから聞いてない…?」
「─────………。聞いてない…。瑞香、ホントか…?」
累の両手が、あたしの両手を そっと掴む。あたしは仕方なく、彼に真正面から
瞳を覗か
れるしか なかった。
「嘘 言わないで。…ホントの事だけ教えろよ、…バイト… ?!」
あたしは小さく 頷いた。
「でも もう辞めた。だから今は 何もしてない…」
「彼氏も嘘?」
問われて、また頷く。
じっと 目を見つめられて、逃げ出したいような 居心地の悪さ。…だけど ここで逃げちゃ
いけない。
「…累は…?あたしの事 嫌ってないの…?ホントに…?」
彼は頷く。
「だけど 避けてたよね…?それは その…ホントに嫌ってたからじゃなくて…っ、」
今度はバツが悪そうに、彼は一瞬 瞳を逡巡させた。
そして もう一度、あたしを見る。
「………だって…好きな分だけ マジにキツすぎて…。まさか お前に彼氏が居るとは……
考えもしてなかったから」
「─────…っ…」
累の瞳は、何だか少し 切ないような色をたたえて、僅かに揺れていた。
あまりに恥ずかしすぎるのと、あまりに気が動転してしまって。その後のあたしは あたふたと
何か口走っていなければ 居られなかった。だって、間がもたないもん…っ!
累がやがて、そんなあたしを見て 忍び微笑った。いつかの 階段での時のように。そして
笑いを堪えたまま、その唇が そっと近づいてきて─────…。
「─────………、………」
「累っ、」
抗議しようとしたら、また遮られた。
「………ンっ ねェっ…、」
「もういいから 黙って………、」
また唇に 塞がれる。
そのまま あたしを抱く腕の力は強くなって。…一体、このソフトな彼のどこに こんな力強さ
が眠っているのだろう と驚くほど、腕は 全霊で掻き抱いてくる。
背骨が軋んで音を立てても、彼は あたしを離しはしなかった。
初めてのキスが こんなに長いなんて。
………っていっても、一体 『普通』 が どの程度なのか 知らないけれど。
─────…触れていた唇。やがて、彼の舌先が あたしの歯列を割り、中に忍び
込んできた。
何だか 切ないような、たまらない気持ちは また押し寄せてきて。それが 彼のキスなのだと
思っただけで、また目頭が 熱く込み上げた。
彼の舌に命じられて ためらいながらも その舌を受け入れると、ザラついた生温かさが
口腔
を支配した。
「………、ッ…、───…、」
キスが どういうものか分からないので、そうされて ますますあたしは戸惑った。
されるままに 付いて行くのが精一杯だった。
歯列をなぞられ、上顎の内側をなぞられた。
どこからか、ザワめき立つような何かが 沸き立った。
「ぅンッ、」
さらわれるように あたしの舌が 彼のそれに絡めとられてしまう。
そのまま吸われて、意識までもが 彼に持っていかれるのではないか、という焦りに
駆ら
れた。それほど 彼のキスは、あたしを どうしようもないほど甘くそそった。
「………おいでよ」
彼は立ち上がり、あたしの手を引いた。時計を見れば、もう 12時近くを指している。
「───…オレの部屋 来る?」
「……………………、」
見下ろしてくる瞳は、限りなく優しくて。
…そう、あたし こんな風に 彼に微笑い掛けて欲しかった、ずっと…!
そう思うと、また 泣きなくなった。
手を引かれて 彼に付いて階段を2階へ昇った。
…初めて入る、彼の部屋。
「あたしっ、累の部屋 入った事ないよっ、累、今朝 勝手に あたしの部屋入ったでしょ
?!」
恥ずかしすぎて、また 憎まれ口を利いてしまった…っ。
だけど彼は 振り向いて、そっとソフトに微笑う。
………本当に。どうやったら そんな魅力的に微笑えるの… ?!
あたし、もう その細められた瞳だけで 魂まで奪われてしまうよ…っ。
戸惑っているあたしを抱き寄せ、彼はまた キスをした。
「……………、………、─────…」
彼は後ろ手に、ベッドサイドのランプだけを灯した。
ぼんやりと オレンジ色に浮かぶ部屋。あたしは 彼に掬われて、キスを交わしたまま ベッド
に寝かされた。
う、嘘…っ、え、ちょっと 待って…、まさか この展開って………っ、
そんな事になり、彼の重みを 自らの身体の上に感じて ようやく、あたしは慌てた。
だって…っ!ちょっと 待って 待って、今さっきまで あたし達って…、何か ぎこちなくなかっ
た…?!
あたしは 彼に嫌われたと思い込んで、とうとう 泣き叫んで…ケンカになって…っ!
え…っ ?! なのに こんな急展開… ?! 頭が付いていかないよ…っ!
戸惑い、身じろぎ始めるあたしをよそに、彼は あたしの唇から首筋にも舌を這わせてくる。
「………っァ!」
うわ、もうそれだけで 抵抗しようにも 肩の力が入ってくれない。
─────…うっそだぁ、どうしようっ、ホントに… ?! こんな唐突な展開アリ…
?! |
★甘栗のちゃちゃ。
みずほ:まだひっぱるのかよ〜っ。
ピカ:まぁまぁ。次回、残るはエッチのみだしさ〜(^_^;)
みずほ:そっか。多くの人のリクエストが盛り込まれたエッチってやつ?
ピカ:そうだぴょーん。
みずほ:まぁいい、待ってやるかっ次回まで。
ピカ:てかなんでそんなに偉そう〜?(笑)。 |
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「モーニングキスは弟から。」−5 Written by; Tamaco Akitsushima |
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