1 サイアクな出会い。
今夜も仕事で午前様。タクシーで自宅マンションまで戻った 川原 雅臣(かわはら まさ
おみ)は、エントランスから少し離れた通りの向こうに目をやった。
小競り合いらしき 尖った男女の声が聞こえてくる。
「───…夜中の2時前に何やってんだか…」
雅臣は それにはさして関心も寄せず、無視して 1階オートロックの鍵を回した。
「───っ!」
背中に、軽い衝撃が走る。
「…ッ助けて!早く入れて!」
振り向くと、少女だった。彼の腰に両腕を回して、背後から抱きついている。
「───…ッ、…」
もう自動ドアは開いている。彼女は断りも無く、滑り込むように 建物の中へと駆けた。
雅臣も後に続く。
「リリカちゃんッ!」
男が追ってきた。寸でのところで、強化ガラスの自動ドアは、外界の男と彼女を遮断して
いた。
「─────………。」
突然の事で頭が回らず、何も言葉を発しないまま、雅臣はエレベーターホールへと向かう。
「…お前………何で そこに居る?」
少女が、1階に停まっていたエレベーターの中に居た。
───改めて見れば、人並み外れて綺麗な顔立ちの少女だった。
彼女は よほど怖い目に遭ったのか、大きな揺れる瞳を潤ませて、じっと彼を見ている。
「……………。」
雅臣は心の中でため息をつくと、彼女に背を向ける形で エレベーターに乗り込んだ。
23階。
都内でもハイグレードな このマンションに、彼は一人暮らしをしている。この階で扉を抜け
ると、背後の気配も一緒に付いてきた。
「…おい、付いて来るなよ、」
「───…あの、一晩…泊めて。一晩だけ。…いいでしょう?」
「─────…、」
雅臣は無視して、クラシックミュージックが静かに流れる通路を、右へ進んだ。
「…ねぇ、玄関でも廊下でも いいからっ!泊めてよ!」
彼女はまだ付いてくる。
彼は スーツのポケットからルームキーを2つ取り出し、扉に差し込む。一つはカードキー。
もう一つは、金属製のキー。
「いいでしょ ?! ケチ!泊めなさいよ!」
「……………」
彼はようやく、子犬のように吠え立てる彼女を 冷ややかに流し見た。
「何でオレが」
「…困ってるのよ!いいじゃん!」
「───…オレはよくない。第一、オレは一人暮らしだ」
「だったら尚更っ!部屋 余ってないの ?!」
「……………新手のナンパか ?! それとも その手の商売?」
「…ッ、あなた、あたしの事 知らないの ?!」
「知らない。…何だ?『出張何とか』 とかいう エッチな店のナンバーワンか?」
「─────…ッ…、」
雅臣は重い金属製のつや消し加工を施したゴールドの扉を引き、そこへ身を滑らせると
後ろ手にドアを閉めた。
「 ?! 」
間髪入れず、そのドアは開かれる。
露骨に眉をひそめる長身の彼に見下ろされて、それでも少女は睨みつけるように スーツ姿
の男を見上げてきた。目には涙が うっすらと溜まっている。
余裕を無くした表情で懇願するような その様子と、唇から零れる言葉は、けれど
まるで
正反対。
「あたしが追われてるの、見たでしょ?男だったら 助けなさいよ、女の子がこんなに困って
るんだからァ!」
雅臣の態度も言葉も、相変わらず冷たい。
「………オレが さっきのあいつよりもいい奴だとは限らないぞ?」
「…いい人だよ!分かるもん!あたしを泊めてくれる!…でしょ?」
「─────…どんな目に遭っても知らないからな」
もう彼女は聞いてない。よかったぁ!と両手を叩き、もう玄関で ミュールを脱いでいた。
「あー、あたし疲れた…疲れちゃったー、ホッとしたら もう…あぁ お腹もすいたなぁ…ここ、
何か お菓子とかないのぉ?」
「─────…」
彼女は 断りも無くリビングまで一直線に進むと、緑色にムラ染めされたデニムのジャケット
を脱ぎ捨て、カウチに沈み込んだ。
細くて長い手足。小柄で華奢なのに、顔も小さいから、背が高く見える。
歳の頃は多分16、7。高校生くらい。肩より少し長い 髪の色は、金髪に近い 明るい
ブラウン。ゆるくパーマが掛かっている。綺麗に整えられた 細い眉、ジャケットの下に着た
白いノースリーブから覗く、綺麗に手入れされた腕。膝が隠れる丈の、春物の薄いプリーツ
スカート。
黒く大きな丸い瞳は 完璧なバランスで、通った鼻筋、形のよくてやや赤い唇。メイクは
していない。派手な服装は 彼女の年齢よりは やや大人びていて、けれど そんな個性
の強いファッションも無理なく着こなしているし、似合っている。
「…お前、オレがいつ そこに座っていいって言った?」
「えっ?」
「玄関先でもいいんだろ?」
彼は今来た通路を まっすぐに指差した。
「…何?今の、もしかしてギャグ…?」
「嫌なら出ていけ」
「いやーん、嘘でしょ…?」
少女は口元に手を当て、困惑したように微笑う。
雅臣は スーツのジャケットとネクタイをうるさげに取り去ると、眉間を寄せたまま ソファの
少女を流し見た。いく筋か、バラけた前髪が 彼の額に落ちてきていて、そんな些細な
事にも苛立ってしまう。彼女の高くてハリのある声にも、余計に 苛立ちを覚えた。
「オレも もう疲れてるんだ、さっさと寝たいんだからな、これ以上 オレに迷惑掛けるな」
「……………。」
彼女は頬を膨らませる。そして、クッションを引っ張ると それを抱え込み、カウチにしなだれ
かかった。甘えるような瞳で、彼を見上げてくる。
彼は苛立ちを隠しもせず、半ば 吐き捨てるようにつぶやいた。
「…じゃあ百歩譲って、そこで寝かせてやる。だからもう 口を開くな。」
彼は間仕切りの無い広い部屋の、大きなベッドにジャケットとネクタイを放ると、白いシャツ
の手首に手を掛けながら シャワールームへ向かった。
「待ってよ…!ねぇ、ここで寝たら 寒いかも…、何か掛けるものとか貸して」
「─────…口を開くな、と言ったのが 聞こえなかったか」
「聞こえたけど!だって寒いもん、風邪引いちゃう…、」
「……………、」
こめかみ辺りがひきつるのを耐えながら、彼は彼女の声を無視して そのままシャワールーム
へと消えた。
勢いよく注ぐ 熱い湯は、今日一日の疲れと身体の重さを、より一層彼に感じさせた。
………そして、ようやく ベッドに滑り込めると思ってタクシーを降りたら、こんな面倒なハプ
ニングが舞い込んだのだ、最悪の夜だった。
余計に 疲れが背中にのしかかり、自分の運の悪さを 呪った。
───── そして、慌てて 「運の悪さ」 を打ち消すように、濡れたかぶりを振る。水しぶ
きが 湯気の中に飛び散った。
彼は 外資系証券会社のトレーダーだった。
「…っ ?!」
だるい足取りで部屋に戻り、彼は 絶句していた。
ソファに寝そべっているはずの 華奢な身体は、どこにも見当たらなかった。出て行ったの
か?と思いながら ベッドに目をやると、そこに覗く ブラウンの髪。
「…お前…っ!何してんだ ?! …たく!」
派手に 毛布を引き剥がす。
彼に背を向けて 身体を丸めていた彼女が、顔を挙げ、背後を仰いだ。
「…だって…。寒くて 眠れない」
「─────…。」
いくら彼にだって 分かっていた、彼女は純真無垢な子供だ。間違っても、デリバリーの
風俗嬢ではないし、都会ずれした 家出少女にも見えない。
「きゃっ !!」
彼は 下半身にイージーパンツを身につけただけの格好で、いきなり彼女の身体を さらう
ように抱き上げた。そして 大股に部屋の中を横切ると、彼女が元居たソファへ落とす。
そして いまいまし気に濡れた髪をかき上げながら 彼女を見下ろすと、
「…今度口を開いたら、この場でお前を ムチャクチャにしてやる」
そう低く告げて、きびすを返した。
怒りを堪えているせいで、声は少し掠れた。
「待ってよ、」
「─────聞こえなかったか」
「聞こえたけど…っ!だって寒いもん!じゃあ 何か貸してよ!上に掛けられるもの!」
「─────………。」
彼は無視して ベッドに潜る。
「ねぇっ!」
彼女は ソファから身を乗り出した。
「普通は女の子がそっちで、あなたが こっちじゃないの ?!」
彼は 今度こそ立ち上がると、彼女の上腕を掴んで 立たせた。
「ちょ…、やだっ」
廊下に向かう彼から 腕を引き離そうと、彼女は抵抗する。それでも 有無を言わせない
彼の強い腕に、細い身体は ズルズルと引きずられた。
「─────出て行け」
彼の声には、明らかな不快感が滲んでいる。声は本気の色を漂わせ、彼女に選択権を
与えない。
「…やだ、あいつが まだ外に居たら…っ、」
身をすくませる 彼女。
「知ったことか。勝手にしろ。迷惑だ」
「お願い!ここでいい…っ、廊下でいいから…っ!」
「お断りだ」
「やだ…やだァっ、追い出さないで、お願い、言う事 聞くから…っ、何でもするから…!」
それでも彼は 彼女を引きずり、エントランスへと続く長い廊下、立ち止まる気配は全く
ない。
「お願い…お願い…っ!」
彼女の声も 必死だった。彼が振り向くと、余裕を無くした表情が すがるように見上げて
来る。
「─────…。」
それにしても、綺麗な少女だと思った。
さしずめ、目の前の彼女が、彼氏に 別れ話を切り出して…往生際の悪い相手の男が
彼女を追い回した、というところだろうか。
「…ちゃんと話つけたほうが いいんじゃないのか。逃げ回ってたって、相手の男も
踏ん切り
が付かないだろうし」
「やだ…、やだ、お願い、あたし 何されるか分かんない」
今にも泣き出しそうな、作り物のように澄んだ瞳に。川原 雅臣も、ほんの少し いたずらを
思いつく。
「…だからって、ここに居たって、何されるか分からない状況かも知れないぞ…?」
わざと 彼女の頬に顔を寄せて、薄く微笑ってやった。
「それならまだ、さっきのあいつのほうが マシなんじゃないのか?」
彼女は大きく 首を横に振った。
「やだ、やなのっ、殺される…!」
「バカか、お前。」
いくらなんでも、どこのバカが そう簡単に人を殺すか。
そう呟いて、彼女の唇も肩も、小刻みに震えている事に気が付いた。
「…ここから放り出されるんなら、あなたのほうがマシ、あたし 何でもするから…っ!お願い
だから…!」
「ヘェ………。」
何でもするから、なんて言っておいて。どうせ 何も出来ないクセに。
苛立ちと、重い疲れと。それから 彼女の背景に対する、少しだけ興味と。
そんなものが ないまぜになった鈍い頭で、そのまま 彼女の両肩を、細い廊下の壁に押し
付けた。
薄暗いそこには、リビングのオレンジ色した間接照明の光が ほんのりと漏れているだけで。
彼女は意外にも、抵抗しない。ただ、瞬きを忘れたような 緊迫した目だけが、じっと
彼
の視線を追った。
背の高い彼のせいで、彼女に影が落ちる。彼女の瞳の白い部分が、薄暗さの中 やけに
目立つ。
身を屈め、彼は その瞳を間近に覗き込んだ。
肉食獣に睨まれた獲物のように、彼女は呼吸さえ忘れて そこに身をすくめている。
彼は知らず、薄く微笑んでいた。
「べっ、別に平気ッ、」
自らに言い聞かせるみたいに、彼女が短く言葉を紡ぐ。
「じゃあ色んな事、知ってるんだ」
彼の声は、ますます低く掠れて響いた。
「さっきの彼氏と、キスぐらいはしたって?」
「………っ、彼氏なんかじゃない!あいつはあたしのストーカー!!」
「お前がつれなくするからだろ?」
「違うのっ、ホントに あたし殺される…っ…、殺されるくらいなら、…まだ マシだもん、」
「オレに 好きにされるほうが?」
わざと 彼女を刺激するような言葉を選んで、雅臣は尚も からかった。
「そんなの どって事ない…!そ、それにあなた、けっこう格好いいもん、だから…いいよ」
やはり彼女は 切迫した早口で、強がるみたいに 瞳を逸らさずに言う。
「─────………。」
何だか、そんな態度が小生意気で、余計にムカついて、彼は その唇を奪った。
彼女の唇は、少し冷たくて───…震えていた。
しばらく、触れるだけのキスをした。
そうしながら 彼は、じっと彼女のまつ毛を見ていた。
きつく目を閉じたまま、息を殺して、肩に力を入れて。胸元にある、握り締められた両の
拳を、これ以上ないほど白くしたまま、それでも彼女は 身じろぎひとつしなかった。
彼はそっと、触れていただけの唇を解放した。
「……………、いいよ、どって事ない、これくらい」
彼女の声は上ずり、開いたまぶたは もう、彼を見上げることが出来ずに揺れた。
「これくらいって…こんなもの、何もしてないのと同じだ」
あきれたような、上から降ってくる つぶやき声に、ますます少女は 動揺する。頬には
これ
以上ない程 朱が走り、薄暗いこの場所に立っていても、それは見て取れた。
今すぐ強がる事をやめて、素直に謝れば ソファで寝かせてやるのに。…いや、ベッドを貸し
てやってもいい。…けれど、彼女は屈しない。
「…意外に大した事なかった、あなたのキス。…期待して損しちゃったかも」
プイと顔を背けるから、雅臣はその首筋に 噛み付くように舌を這わせた。
「 ?! 」
今度こそ、彼女は ビクリと大きく震え、僅かに 後ずさろうとした。そんな肩を再び
壁に
縫い付け、そのまま首筋を ゆっくり上へ向かって舐め上げると、ピアスの開いた耳たぶを
甘く噛みながら、少女の耳に声を注ぎ込む。
「そっか…大した事ないか…。じゃあ、今から ゆっくり楽しむか」
ここで泣けば許してやる、そう心の中で 彼は告げた。
けれど、今にも涙の滲みそうな 困惑に泳いでいる視線は、決して 彼のほうを見ないまま、
「楽しそう」 としか 答えなかった。
カッと こめかみに血がのぼる。
こんな少女の生意気な鼻っ柱を 本気でへし折ってやりたいような衝動に駆られる。
その時、彼女は どんな表情を見せるんだろう。
どんな言葉で、許しを請うんだろう。
ようやっと その時、泣き出すんだろうか。
─────そう考えると、ゾクリとするような高揚感が、彼の背骨を突き上げた。
彼女の声は もう、絞り出すのが精一杯といった感じだった。彼の やや冷たく冷え始めた
指先が、彼女の腰の辺りにかかっても、「ここでいいの…?寒い廊下で…?」 なんて大人
ぶった返事を返すクセに、今にも風に消える寸前の、ろうそくのともし火みたいに儚かった。
「…ここで オレの事を楽しませられたら、ご褒美に ベッドで寝かせてやるよ」
ワザと彼も、彼女を射すくませるような表現を選んだ。
音のない、真夜中をとっくに回った 都会の真ん中。
暗闇は ジワジワと足元から侵食し始め、二人を少し掬い上げた。
彼は 彼女の白い春物のノースリーブをたくしあげ、その下に着けているキャミソールも
一緒
に スカートから引き抜いた。
…素肌が 彼の指に当たる。
絹の手触り。
彼女の肩が、また跳ねる。そして その後、それを悟られないように 平然を装う瞳。
彼は まつ毛が触れるほどの距離で、じっと 彼女の瞳の奥を覗き込み続けた。
さっさと音をあげろ、このバカ。
そう 心で念じながら。
徐々に 指を滑らせてゆく。
確かめるように、脇腹から みぞおちへと───…。
下着に指先が触れた辺りで、痛々しいほど彼女の心臓が 鼓動を速めて波打っている
事を、否が応でも 指の腹に感じた。
それでも 平気なフリを続けるから、彼も、狂ったような彼女の心臓の鼓動を無視する。
白いニットのノースリーブと サテンのキャミソールの下で、ブラの上から 胸に触れた。
「………っ、」
彼女は それでもまだ、彼に覗きこまれたまま、怯えの見え隠れする瞳を 絶対に逸らさ
ない。
二人は無言で 駆け引きを続けた。
雅臣も 視線を決して外さないままに、ブラを押し上げた。
「やだァ…ッ !!」
ニットとキャミソールを 一気にたくしあげようとして、ようやっと 彼女が声を上げた。
ほんの一瞬 肌が見えて、衣服はそのまま、彼女が振り払った手によって 取り返された。
「……………。」
冷ややかな無表情で 静かに見下ろされた事が 余程 気に障ったのか、少女はそれでも
まだ、雅臣を睨み上げてきた。
「─────…疲れた、…もう寝るぞ ホントに。…ホラ、来い」
「や、やだっ、」
再び手首を強く掴まれて、元来た廊下を リビングの明かりのほうへ。少女は泣きそうな
くぐもった声で、今度こそ 本気で慌てた。
「お、お願い…、もう許して…っ、」
「…バカ、誰がお前みたいなガキ 相手にするか。…ベッド 半分使わせてやる。…だから
今からもう、絶対に、何があろうと、絶対にだ、───…口を開くな。」
「─────…、」
少女は 何とも言えない緊張を残した面持ちのまま、再び ソファとベッドの間に立ってい
た。
彼は もう、そんな彼女には構うことなく リモコンを手に取り、部屋の灯かりを落とした。
大きな窓の下、息を飲むように絢爛(けんらん)な 眠らない街・東京の夜景が 浮かび
上がった。
雅臣はもう ベッドに潜り込み、チラリと 背後の所在無さ気な足元に視線を走らせた。
「さっさと寝ないと、泣くハメになるぞ」
「………ッ!」
立ちすくんでいた彼女は 何か言いかけ、慌てて口をつぐんで、そのままベッドに膝を掛け
た。
─────奇妙な出会い。
彼にとっても、彼女にとっても。
そして彼が 朝7時に目を覚ますと、隣りに居たはずの彼女の姿は、もう消えていた。
お礼のつもりなのか 何なのか。
リビングのローテーブルの上には、なぜか ケータイストラップが置かれていた。
使い古した物ではなく、新品で、PPのフィルム入り。
キャラクターの妖精みたいなマスコットが、どこか 彼女を連想させた。ティーンの女の子向け
の、ピンク色したストラップ。
「…どうしろって言うんだ、これを…。」
彼は 疲れの抜け切らない肩で 大きくため息を付くと、それを そのまま壁際のダストボックス
に放り込んだ。
全く 後から考えても、昨夜は おかしな夜だった。けれどオフィスの同僚にも、行き着けの
店のオーナーにも、話す気さえ起こらないような 下らないエピソード。
こうして今日も 忙しい彼の一日はスタートし…、切り取られた ヒトコマのフィルムほどの
存在感もない彼女との一夜は、彼の人生の記憶の片隅にも残ることなく、車窓の風景の
ように 切り捨てられて 流れ去ってしまうはずだった。
ところが。
「 ?! 」
50歳を回ったクライアントが 商談にやってきて、途中でケータイが鳴り、耳にそれを当てる
のを見ながら、雅臣は デ・ジャ・ヴュに襲われた。
時が逆流して、フラッシュバックする。早送りで回される フィルム。
「失礼ですが、その ケータイのストラップ…、」
指を差した雅臣に、テーブルを挟んで座っていた 紺のスーツ姿が、頬を赤らめて
しきりに
頭を掻いた。
「これ、末っ子の娘が 誕生日にくれてねぇ、いや、恥ずかしいんだけどね、女子高生みた
いで」
「……………、」
「何せ末っ子の娘は リリカの大ファンで。」
「 ?! 」
雅臣が 次に彼女と再会したのは、自宅に置いてあるパソコンの、液晶画面の中だっ
た。
普段、TVを観るヒマもない 多忙な彼は、仕事に必要な情報番組だけを録画し、一日
の最後にまとめて観ていた。だから 知らなかった、彼女の事など。
─────自宅のデスクトップ画面で、検索を掛けてみる。
まさかな、なんて、自分の直感に 頭を捻りながら。
………けれど 確かに、それはあった。リリカという名前で。
オフィシャルサイト。その画面には、彼女の こぼれるような笑顔が フルカラーで映し出され
ていた。
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★甘栗のちゃちゃ。
ちいちゃん:新シリーズだって
累:ふーん
ちいちゃん:余裕ぶっこいてるね
累:どーゆー意味?(^_^;)
ちいちゃん:だって新キャラが登場という事は、人気を抜かれるかもしんないからさ
累:そうなんだ〜?
ちいちゃん:そうなんだ〜って呑気だけど!!余裕ぶっこいててお前に抜かれたオレにはそん
な呑気な状況じゃないんだよ
累:ふーん、オレは別に毎日がハッピーなら、人気投票結果なんてカンケーないよ
ちいちゃん:(ムカ) |
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「オレ様とプリンセス」−1 Written by; Tamaco Akitsushima |
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