小説トップページへ戻る 




「オレ様とプリンセス」    Written by; Tamaco Akitsushima

                  4  2人暮らし

 「雅臣の会社、難しい名前だね、電話掛けるの ドキドキしちゃった…!」
彼女は 暖め直したシチューをスプーンで口に運びながら、満面の笑顔で こちらを見て
きた。
オレのデスクに置かれていた、社名など印刷された封筒を見つけて、電話してきたという
リリカ。
「…お前、いつまで ここに居る気だ………?!」
オレは 何だか食欲も失せ、適当にワイングラスを傾けながら、極力 苛立ちを隠して訊ね
た。
「─────…、ごめんなさい、迷惑だよね…すごく………」
当たり前だ、と言ってやりたいところを 寸前で堪える。
「でも………あたし、行く場所が ホントに無いの…っ、マネージャーさんの家までストーカー
に跡付けられちゃうし、昨日も…っ、それで───…追われて、どこにも行けなくて…、
お金、なくなったし…っ、ホテルにも泊まれなくて…っ、それで…、」
みるみる彼女の表情は翳り、瞳に溢れる涙を見た途端、オレは焦った。
ここでまた 取り乱して泣き出されたら、やっかいだ。何とか落ち着かせて、このまま食事を
終えたら すぐにここを出て行ってもらいたい。
「─────…仕事は………?どうするんだ…?」
「─────………。」
リリカは押し黙る。
じっと、手もとのシチュー皿を見つめている。
「…お前の親は?連絡したのか?」
「……………、」
ますますリリカは暗くなった。─────…目の前に佇む、化粧してない素顔の少女。
 10分後。…オレは 彼女の身の上を訪ねてしまったオレ自身に、心の中で激しく舌打ち
していた。同情からくる怒りではない。オレの予想を遥かに上回るほど、彼女の身の上は
やっかいだったからだ。
 彼女に身寄りは、母親しか居なかった。遠く離れた実家。…母親は色々と問題を抱え
る人で、現在 精神病棟に入院中。彼女の話を聞く限り、とても 保護者の役目は果たせ
ない。事務所の社長は昨夜、彼女を どこかの代議士に預けてその場を去るような男。
───この話が、目の前の少女の作り事だとして───…どうして そんな嘘をつく必要
がある ?! 
という事は どうやら事実のようだった………。
オレはますます 疲れに脱力する。こめかみを抱えるしかない。
「─────…あたし…この前の夜の事 思い出して…っ、だってあの時、ここのマンション
が天国に見えたの、キラキラ光ってて、ドアの向こうは天国みたいだった!もう あいつも
入って来れなくて、外は真っ暗で、中はオレンジ色してて………、雅臣はあたしを追い
出さずに泊めてくれたし…っ、」
「─────…。でも お前の事、今度こそ 好きにしてたかも知れないぞ?」
「……………………、そういう事も考えたよ、昨日 ここに来る途中。…でも、ストーカー
に捕まっちゃうより、政治家の人より、それなら雅臣がいいって思ったもん、………だから
あたし覚悟してきた、…別にいいよ、タダで泊めてもらったんだもんっ。あたしお金ないし、
銀行のカード、マネージャーさんが持ってるから 引き出せないし、行くとこないし…、だけど
雅臣にタダで親切にして貰おうとか、そういう事は考えてないから…っ!」
「─────………。」
返す言葉など、なかった。
普通の男なら、こんなラッキーなど ないと思えるのかも知れない。…普通の男なら。
だって、彼女の事を知らないとしても、こんな美少女が いきなり自分の前に現れて、
「お礼に身体を差し出しますから、泊めて」 と懇願しているのだ。
けれど、オレにはとても、それを ラッキーとは思えなかった。
正直、そんなやっかい事は引き受けたくない、という思いのほうが ずっと強かった。
オレは一人で けっこう気楽にやってるし、今は仕事のほうが楽しい。
自分のペースを乱されたくない。
────…確かに彼女は綺麗だ、…とんでもなく。…けれど それにしたって───…。
何も知らない、ただ目の覚めるように可愛いだけの お人形だろう ?! まして、中高生の
ガキが夢中になる年齢じゃないか。せめてあと4、5年。二十歳くらいには 育っててくれ
ないと、オレには そういう対象としてはとても見れない。ただの子供としか映らない。
大体、後々やっかいな女は苦手なんだ。手の掛かる女もごめんだ。
「─────………。」
考え込んでいるオレの目を、いつのまにか彼女は 食い入るようにじっと覗き込んでいた。
やっぱり、追い出そう。
オレが 心の中でそう決断した途端、彼女の瞳はそれを察して 大きく揺れた。
「………やだっ、ここに居させて…、お願い、怖いよ、…っ外は怖いっ、また あいつが
来る…!」
テーブルごしに立ち上がった彼女は、オレの上腕の辺りを掴み、尚も切迫した表情で
そう頼み込んで来た。
「……………、」
そうは言われても。
「何でもするっ、ごはんつくるっ、掃除もするっ、役に立つから…!迷惑 掛けない、だから
…っ、あたし頑張るから…!」
ため息が漏れる。
あぁ…。何だって こんなやっかい事を背負い込んでしまったんだ…全くオレは───…。
額に手を当てる。つくづく嫌になる。
「……………絶対に、迷惑 掛けないか?」
オレの声は、自分で聞いても ゾクリとするほど、恐ろしく低い声だった。
感情を押し殺していても、オレの苛立ちは 彼女に十分すぎるほど伝わっているようで、
彼女もオレから手を離すと 小さくイスに座りなおし、うつむいた。
コクリと 小さく頷く。
「…迷惑 掛けない………」

───…こうしてオレとリリカの、奇妙な同居生活は…これからも続く事になってしまった。


オレは バックポケットのサイフから名刺を取り出し、一枚渡した。
「もう会社には掛けてこないでくれ。…分かったな?」
リリカは頷きもせず、名刺をじっと見ている。
「ねぇ、このメールアドレス…、なんでmiyabi?」
「もう会社には掛けてくるなよ。…聞いてるか」
食事を終えたダイニングテーブルで、再度 確認を取る。
「…ねぇ、どういう意味?miyabi って?何か意味があるの?」
───…あぁ…。これだけでも 先ほど決めたばかりの事を、やっぱり無かった事にして
しまいたくなる。…オレは自宅に居る間中、余計にストレスを溜め込む事になるのか?
「…だから………、ミヤビは オレのニックネームだ、会社での。」
「え?何で?『まさおみ』 なのに?」
「…もう一人、マサが居るんだよ、だからそれだけ。」
───…雅という字を訓読みにして、ミヤビ。オレは このニックネームが嫌いで仕方が
無い。どこかの店のホステスみたいだ。
…うちの会社は外資系で、外国人も十数名働いている。だから 役職名ではお互いを
呼び合わない。全員が名前で呼び合う。
「………ふーん………ミヤビ………、」
まだ名刺を膝の上、両手に持ち、じっと見下ろしている彼女。…やっぱり 幼い子供みた
いだ。
「───…お前まで呼ぶなよ」
「…うん、嫌なんでしょ?」
「あぁ。だから呼ぶな。でも 本名でも呼ぶな。」
「───…じゃあ、………ミヤP?」
「はぁ ?!」
今度はオレが その場にイスを倒して立ち上がりそうになった。今日一日だけで、こめかみに
浮いた血管は 今にも切れてしまいそうだ。
「…普通に呼べないのか、川原さんとか!」
子供相手に声を荒げてしまい、慌てて口元を 手で押える。
「─────…ダメ?ミヤP。」
「………ッ………、」
もう呼んでるクセに…!このガキ!


 リリカは今夜も、オレに抱きついて眠った。
元来、こんな風に 子ネコみたいにじゃれついてくる女とは付き合わないから、自分が女を
腕に抱いて寝ている事自体、妙な感じがした。
彼女は 着替えを持って居ないから、適当に オレの普段着を貸した。
さっき食事の後、彼女はオレに 様々な物を要求し、それをメモに書き出した。文字は
十代の女の子独特のクセ字で、ペンを持つ手つきもクセがあった。
「…ヘアゴム ?! そんな物 どこに売ってるんだ ?! …下着までオレに買わせるのか… ?!」
「ちゃんとサイズも書いておいたよ?」
…本当に、まるでペットだ………。
それも手の掛かる ネコ。犬のほうがまだ、金も掛からない。
知らず しかめっ面を堪えていると、「その代わり あたしの事、好きにしていいよ?」 と また
微笑まれた。
…意味分かって 言ってんのか ?! このガキ。
まぁいい、いつかそのうち ホントに頭に来たら、このストレス、お前の身体に そっくり全部
返してやるからな。
 …そう思って、もしも そうなった先に起こるであろう 後々のやっかいな事を考えると、
やはり それだけで気分は萎えた。

 腕の中の彼女は、何とも言えない甘い香りを持っている。
折れそうに細い体、細くて薄い 肩。
長い髪、造り物みたいに長い まつ毛。…オレの脇から背に、回されたままの 腕。
微動だにしない 透けるようなバラ色の頬は、やはり 壊れそうな印象をはらんでいる。
………オレも いつしか、知らない間に眠りに落ちていた。

「……………?」
夜中、暗闇の中で。
なぜか ふと目が覚め、腕の中にあったはずの温もりが 無い事に気付いた。
「…、」
ぼんやりと白濁した意識のままで、オレの手は 彼女を探した。
彼女はそこに居た。上体を やや浮かせて。
「………どうした………?」
薄く目を開けて見上げれば、ぼんやりと 彼女のシルエットだけが 薄く暗闇に浮かんで
見える。
オレが目を覚ました事に、彼女は ひどくうろたえた。オレを見つめていたようだった。
オレは 彼女の存在を そこに確認して、すぐにまた重いまぶたを閉じた。
意識は再び 眠りの淵に、あっという間に吸い込まれる
「─────…、」
そして思考が停止する瞬間、確かに 俺の唇に、何かが触れた。…そっと、花びらみたい
に。
同時に、頬やこめかみや、くびすじに。いくつもの サラサラと零れるような髪が零れてきて、
綿毛みたいにフワリと オレにかかった。


 「───…佳澄(カスミ)さん、ちょっと今日、仕事引けてから いいですか?」
オレは上司のデスク脇に立ち、彼女を見下ろし そう訊ねた。極力、仕事モードのままの
口調で。
「うん?いいけど?…接待?」
「いえ、ちょっと 付き合って欲しい事があって。お時間が許せばですが。」
今日のカスミさんは、濃紫に近い上質な紺色のパンツスーツを身につけている。黒髪は
セミロングで、長めの前髪を 耳に掛けている。耳元には控えめな 石付きのゴールドピア
ス。彼女は オレより10近く年上だが、綺麗な形をした唇は とても魅力的だと評判だ。
独身な事も手伝ってか、仕事が出来る上に 華やかな女性らしい雰囲気も兼ね備えて
いる。言わば 職場の連中にとっては、『高嶺の花』。
彼女は デスクからオレのほうを見上げ、小さく肩をすくめて 微笑ってみせた。
「ミヤビくん、相変わらず 人に もの頼む時、偉そうねェ」
「 ?! 」
彼女のほころんだ表情が、あまりにも その皮肉めいたセリフと合っていなくて、オレは真意が
計れずにやや戸惑った。
「───…お忙しいですか。なら 他の誰かをあたります」
「あら、あたしじゃないとダメな用事じゃないんだ、そーなんだ」
「……………、」
ますます オレは困惑する。彼女はクスクス笑い出す。
「いいけど?あたしでよければ お役に立たせてもらいます」
「…済みません。」

 「えっ… ?! コットン ?! ネイルポリッシュ ?!」
オフィスを出て オレとカスミさんは歩道に居た。彼女は歩きながら、例のメモ用紙を見て
いる。リリカの作った 買い物リスト。
「───…妹が 田舎から出てきて、数日 泊めてくれと言って聞かなくて…、」
あらかじめ決めていた言い訳を使う。
「─────………。」
「………何でも ダンナとケンカして 札幌から衝動的に飛行機に乗ったらしくて」
「─────………。」
上司はオレの顔を 見開いた目で見たまま、今も驚きに満ちた表情で 固まっている。
やがて「へェ」 と小さくつぶやいた。
何やら一人で納得したように数度頷き、次に 唇の両端を持ち上げてみせる。
「何ですか…?」
オレは極力 無表情を崩さないまま、感情の乗らない声で返しながら、通りを左折した。
地下鉄の出入口が見えてくる。
「ふーん、冷たくって 他人のプライベートには徹底してかかわらない主義のミヤビくんでも、
こと妹さんの事になると 断れないんだ?」
「─────………、」
今度はオレが 黙りこくる番だ。
「転がり込んで来て 泣きつかれたら、『ホテルに泊まれ!』 なんて言えないんだ?」
「…昨夜 来た途端、熱を出して寝込んでしまったので」
「あらあら、それは大変!早く帰ってあげないと」
「はい。だから手っ取り早く、全て揃っているところで 一気に買い物を済ませたいんですが」
「はいはい、了解、わかりました。…そっかぁ…。考えてみればこんな事 あたしにしか頼め
ないよねェ…、だって下着に 洗顔フォームに ヘアゴムに…フフっ、うっかり他の女子社員に
頼んだら、明日を待たずに噂になっちゃうもんね」
「…まぁ そういう事です」
「…お兄ちゃんなんだァ、すっごく甘やかしちゃうんだァ、妹さんを!」
「───そういう言い方は やめて下さい」
オレ達は 地下へと続くコンクリートの階段を降りる。
「…フフフっ、だけど そのほうがいいよ、そんな部分もないと ミヤビくんって隙が無さ過ぎる
もん」
「─────………。」
「まぁ その徹底的にクールなとこも格好いいし 渋くていいけどね?ドラマに出てくる孤高の
スパイみたいで」
「……………お礼は 近々させて頂きますから」
オレはもう 彼女のほうを見ない。彼女の視線を、眼鏡の右フレームに感じた。
「…妹さんって どんなかた?」
「───…普通ですよ、別に。」
「美人なのかな?似てる?ミヤビくんに」
ホームで車両を待つ間、カスミさんは まだ からかい足りないみたいに、オレに根堀り葉堀り
訊ねてきた。もちろん、そこに からかい半分の興味以上の何もない事をオレは知っている。
だからこそ、彼女にしか この頼み事は出来ないと思った。
隣りに立つ彼女に 再び視線を流す。その、腕組みをしてほんの僅か小首を傾げてみせる
仕草も、大人の女という感じがして、彼女をひそかに想う男連中の心を釘付けにせずには
置かないんだろうな。
「カスミさんのほうが お綺麗です」
オレの無機質な冗談は、彼女には ウケたようだった。
「───…あーあっ。この事 誰かに言いたくなっちゃうな。何をご馳走してもらおうかな」
「予定が無ければ 明日にでも。借りは一刻も早く返したい主義なもので」
「そういう事 言わないでよ。つまんない。…食後のお酒は?」
「申し訳ありませんが、夕食の店 一軒だけにして下さい。」


 「お腹すいちゃったァー、もう死にそう」
オレが帰宅すると、カウチソファの上で 丸まって寝そべるペットのネコは、首だけをわずかに
持ち上げて 「お帰りなさい」 よりも先に そう告げた。
「───…お前、また ここでの自分の立場を忘れつつあるようだな」
「あッ!ごめんなさいっ」
慌て顔になり 両手で口元を塞ぐ。…やっぱり子供みたいな仕草。
「オレはいつでも お前をここから摘み出せるんだ、覚えておけ」
「…はぁい、…ごめんなさい…。」
「─────…じゃあ、こっちへ来て 自分の食べたい物を温めろ」
キッチンのシンクの下にドサリと置いた荷物を パタパタとやってきては しゃがみ込んで覗き、
ワーキャーはしゃぎ出す リリカ。やっぱり小学生みたいだ。
「キャー!このパンツ可愛いっ!あっ、タオルなんかもあるっ、キャー、」
「…そんなところで広げるな。…こっちでやれ。ホラ、ここにハサミがあるから タグも全部
取れよ」
あぁ、やっぱり 後悔がよぎる。
「………お前 今日一日、何してた?」
買い物の入った紙袋の中身を 大風呂敷広げるみたいに そこいらじゅうに散らばらせ、
うつむいたまま熱心にタグを外している 彼女。曲げた両方の膝頭を 内向きにつき合わ
せて、女の子しかしないような器用な座り方で、フロアのフローリングに 直にぺたんと座り
込んでいる。
「─────…今日?別に何にも。TV観てた」
「…そうか」
「………ねぇ、ミヤP」
「─────…、」
その呼び方に こめかみがピクリと反応してしまう。
うつむいたままの横顔は、もう笑顔を乗せずに つぶやいた。
「…これ、誰か 女の人に頼んで買ってもらった?」
「……………………、」
オレはなぜ 彼女がそんな質問をしたのか、その意味が分からず、イスにもたれて脚を組み
変えながら 彼女に目をやる。
「─────…彼女に頼んで?」
おいおい。何で そんな寂しそうに眉を下げるんだ?
「気に入らないとか、そういう言葉を吐いたら 即刻出て行ってもらうからな」
「違うよっ、そんなんじゃないもん!」
「じゃあ 何が気に入らない?」
オレの声には、また昨夜のように 小さな苛立ちが混じり始める。
「───…ただちょっと…。もしもそうなら ショックかなぁ、って 思っただけっ!」
「 ?! 」
何を言い出すんだ、このガキは ?! さっきの上司のいたずらめいた冗談よりも タチの悪い
ジョークだ。
「…腹が減ってるんじゃなかったのか。…先に食ったほうが いいんじゃないのか」
「あっ、そうだった!忘れてたっ、」
また慌てて立ち上がると、彼女はキッチンへ パタパタ駆けた。…この足音だけで イライラが
増す。
「………ありがとう。買って来てくれて。」
彼女の声は、今にも消える ろうそくの火のように小さかった。
★甘栗のちゃちゃ。
ちいちゃん:甘栗のやつバカだよな〜、「俺プリ」の第2回、第3回のとこの「甘栗のちゃちゃ。」
    をさ、手違いで削除してしまったらしいよ
累:いやいや、甘栗さんはすばらしい人だよ。削除くらい許してあげなよ
ちいちゃん:(ムカ)お前なんかムカつくよなぁさっきから!
累:今ここを読んでくれてる君へ。ちいちゃんがオレの事をムカつくとか言ってるけど、そんなちい
    ちゃんの事を嫌いにならないであげてね。ちいちゃんも基本的にいい人だからね(スマイ
    ル)
ちいちゃん:(余計にムカ!!!)なんじゃいその「基本的に」ってのわ!!

「オレ様とプリンセス」−4    Written by; Tamaco Akitsushima