6 失踪事件
「……………………、」
オレはシーツの上、僅かに身じろぎ 完全に上体を起こすと、改めて 隣りの彼女を見下ろ
した。
両手を その場に突き、身体を浮かせて 食い入るような真摯な瞳のまま、瞬き一つしない
目の前の彼女。
…今の彼女は、女の表情をしている。
薄暗い室内。ぼんやりとオレンジ色に灯っているだけの 頼りない光源が 余計にヘンな
気分にさせるようなムードを かもし出しているから、気まずさに拍車がかかる。
「─────…無理だ」
オレの 迷った挙句の返答は、短いものだった。
彼女の瞳が、また潤みだす。…子供だという事を忘れさせるような、見る者の心を
引き
こまずにおかない 眼差し。
「………お前、反則だろうが。そのカオ」
知られないように 小さくため息をつきながら、うるさげに前髪をかき上げると、彼女の眉根
は より一層 苦しげに寄せられた。
「どうして………?」
「─────………。」
「どうしても…ダメなんだ…?」
彼女は 確かに魅力的だ。こんな美女、そうそう巷では 出会うどころか すれ違う事も無
い。…それほどに 彼女は美しい。…あと5年もすればの話だけれど。
もちろん無理にでもと言われて セックスが出来ないわけでも何でもない。けれど、その最中
や 終わった後の始末を考えると、それだけで 気分は萎えるに十分だった。
子供は 相手にする気になれない。
………そう言ってやろうと思って、考え直した。夕食時の時とは逆に、わざわざ傷付くよう
な言葉を選んで、もうこのまま 会話を終わらせたかった。そして再び 太陽が昇り、明日が
やってくれば、オレ達の関係は 本当に───…ここで終わりになるのだから。
「………処女は相手にしない主義なんだ」
「 ?! 」
─────やっぱり、傷付けた。リリカの瞳が 大きく揺れた。
でも それでも構いやしなかった。
「何で?」
「え?」
まだ食い下がってくる気か ?! 思わず心の声が 表情に出てしまう。
「………処女は面倒なんだよ、後が色々」
「…あたし…っ、しつこくしないから…っ!明日になって 『やっぱり もっと一緒に居させて』
なんて絶対に言わない…っ、約束する…!」
あぁ、もうっ!
「そういう面倒じゃなくって。…あぁ、クソっ…!とにかく大人しく寝てくれ!頼むから…!」
「やだっ、…好きなんだもん…っ…、好きだもん…、これきりなんて…ホント やなの…!」
「オレだって ガキのお守りなんぞ嫌なんだよ…!シーツ汚されて洗濯するのも ごめんなん
だ!分かったか!」
「……………っ…、」
やっとひるんだ様子の リリカ。
…ったく…何を言い出すんだ…、このガキ…! 最後の最後まで オレの神経を逆撫で
しやがって…!
「…じゃあ、明日シーツ洗濯するっ、洗濯してから帰るっ、それならいい…?」
はぁ ?!
「───…いい加減にしろよ…、」
「いい加減なんかじゃないもん、本気で言ってるもん…っ」
間近で見上げてくる、思いつめた視線。オレの上腕を掴んでいる手から、言わなくても
必死さは伝わっている。
「─────………。」
オレはほんの僅か、触れるだけのキスをした。
「…どこがいいんだ、オレなんかの…」
これは 考えるよりも先に口をついて出た ため息混じりの本音。
彼女のような美少女が オレなんかを、って意味じゃない。むしろ逆だ。
大体オレは、こいつがよろこぶような事も、言葉も、何一つ くれてやってなんか居ないん
だから。
「───…そんなの、あたしが聞きたいよ…っ、ミヤPなんて…っ、イジワルだし、冷たい
し、微笑ってくれないし、あたしが泣いてても 無視だし…っ、」
「…よく分かってるじゃないか」
「………だから あたしだって分かんないよ…っ、教えてよ、」
「─────………、」
「…何で あたし、ミヤPを好きになっちゃったのっ…?ミヤP 分かんない…?」
涙のたまった両の瞳は、尚も オレを見つめてくる。
「───…フ、」
耐え切れず、また 苦笑を漏らしてしまった。
ガキすぎて。
何なんだよ、もう。
「…何で…っ、何でそこで 微笑うのよォ…っ、」
また オレの苦笑を前にして真っ赤になる彼女の せっぱ詰まった声。その上ずり方までも
が、マジメに言ってるんだと思うほど 可笑しくて。
「───…っお前…、」
「何っ ?!」
「………ほんっと、ガキ………」
オレはますます 肩の震えが止まらなくなり、うつむいたまま 笑えて仕方なかった。
彼女は 茹でダコみたいになりながら、プイと オレにそっぽを向いた。
「やめたっ!じゃあ明日 出て行かないっ!」
「………、」
オレは笑いを止めて 彼女の横顔を見る。
「…してくれるまで ここから出てってやらないから…っ!」
「…そうか、じゃあ」
「きゃあッ!」
オレは リリカの両肩を目にも留まらぬ速さで 強引にシーツに縫い付けた。
「ッ ミヤ…、」
「うるさい」
さっきのキスとは まるで正反対の、無理やりに奪うようなキスをする。…彼女の頬を掴み、
反射的に逃げようとする喉を反らせ、有無を言わせないように 力で押さえつけて。
途端に彼女は暴れ出した。
「…っやだ… !! やだぁ !!」
唇が離れると同時に 必死の声で抗うものだから、もう一度 言葉を封じ込める。
バタつかせている脚も 自らの膝で体重を掛け、押さえつけた。
「…して欲しいんだろ?してやるよ」
「やだ !! やだっ、こんなのは やだ…ッ !!」
一瞬にして 潤んでいた瞳に恐怖が走り、渾身の力で オレの下から抜け出そうともがく
四肢。
「じゃあ どんなのならいい?言えよ、そうしてやるから」
「─────………ッ…、」
「ホラ見ろ、言えないんだろ?だったら オレのやり方に従え」
「痛いよ…!お願い、腕 緩めて…っ」
「懇願してきたのは お前だろう リリカ」
「違うもん…っ、こんなのじゃない…ッ!」
オレは唇の触れ合う距離で 彼女の瞳の奥を覗き込んでやった。
それから 意味深に微笑んでみせる。
「───…今からしてやるよ、お前のお望み通りに。だから明日の朝、出て行け」
「嫌っ、………っやだ…ぁ…、」
掴んだ手首は、恐ろしいほど細かった。
もう少し 力を入れれば、簡単に折る事だって出来そうなほどに。
間近に見下ろしたリリカは、文句無く綺麗だった。どこにも 非の打ち所なんてない。
恐らく人は、心底 恐怖を感じた時や、心底 悲しい時には逆に涙など出ない。
今のリリカは、その瞳に オレに対する怯え以外の何も乗せていなかった。
余裕を失くしているせいで、瞬きも忘れている。
「……………………」
しばらくオレは、組み敷いた獲物を うっとりと眺めるみたいに、彼女を見つめていた。
そうして、どれくらいの時が経ったんだろう。…おそらく時間に直せば、ほんの数十秒。
見詰め合ったまま、どちらもお互いに 視線を逸らしはしなかった。
彼女は呼吸さえ忘れて 息を飲んだまま。
静かな夜の谷間に 心臓の音が、壊れて狂った時計の秒針みたいに 聞こえてきそうだっ
た。
オレは最初の、駄々をこねている子供をなだめるようなキスとも、2回目の犯すようなキス
とも違う、3度目のキスを贈った。
───…そう、言うなればそれは、「贈り物のような」 ねぎらいのキス。
「─────…っ、………、───…、」
もう彼女も、抵抗しなかった。
目を伏せ、オレのするままになっていた。
なぜ こんな気持ちになったのか分からないけれど、なぜだか とても美しいキスを、彼女に
贈ってあげたくなった。
………多分、うっとりするほどの彼女の美しさに対して。綺麗だと 口に出したくなかった
から、それを 行為で表現したのかも知れない。
オレは彼女に対して 今も、特別な感情を抱けなかった。
だから、これほどまでに真正面から 激しい想いをぶつけられると、かえって 彼女を抱く訳
には いかなかった。
彼女のためにじゃなく、オレのために。
絶対に後味の悪い思いをするのは 目に見えているから。
そっと 彼女の上唇を舌先でなぞり、次に下唇も同じようにした。…それから 忍び込む
みたいに、舌先で歯列をさぐる。
「………ふ、………ぁ…、」
彼女の唇が 吐息を漏らす。
そのまま 口唇付けを深くして、そっと彼女の手首を開放し、空いた手で こめかみの髪を
梳いてやった。
舌に触れると、ビクリと驚いて 怯えたようにそれをひっこめる。…オレは そんな彼女の舌を
探し出して絡め取り、オレの意のままにした。
眉間を僅かに寄せ、苦しげな表情。…けれどオレは 彼女を解放してやらない。
「─────…っ、…んっ、ん…、───…、」
絡め取ったまま 強く吸い上げると、鼻にかかったような声を漏らし、彼女は肩をこわばら
せた。
もっと キスだけで感じさせてやろうと思い、上あごの内側もなぞった。
「ン、ンン…、………ッ…、」
何度もそうして、その間 何度も髪を梳く。…彼女の髪の 綿毛のような質感は、何だか
天使の髪を想像させた。
時折、彼女の肩は ビクリと小さく跳ねた。
長い、長い官能のキス。
ガチガチになっていた彼女の肢体は、きっともう 力を入れたくとも入らない。
「─────………っ…、」
─────ようやく、オレは 彼女の唇を解き放つ。
うっすらと見上げてくる 上気した瞳。…焦点を合わすまでに しばらくの時を要しているのも
可笑しくて、また少し 微笑ってしまった。
まったく、もの好きだよ、オレの事が好きだなんて。
ヘンな女の子。
「………明日、出て行けよ」
オレは再び 彼女の隣りに身体を沈めると、背を向けて おやすみも言わず 今度こそ瞳を
閉じた。
リリカは背中ごし、オレに抱きついてくる。
その 折れそうに細い両腕も、少女っぽくて 儚さすぎて。
オレの性には合わないほど リリカルに切ないものだから、やっぱりとても このまま身体まで
奪えない。
「───…灯かり、消してくれ」
オレの側のベッドサイドにある ランプ。
オレは目を伏せたまま 背後に向かってそう言った。
彼女の腕は そのままオレの背後から身を乗り出すようにして、何とか 灯かりのスイッチに
届いたようだった。伏せているまぶたの裏に、本当の暗闇が訪れた。
「……………、」
オレの唇に、そっと 花びらみたいな温かさが触れてきた。ほぼ同時に零れ落ちてくる
天使
の髪。…乾ききっていなくて、まだほんの少し ひんやりとした質感の、細い髪。右肩に掛か
る 彼女の重み、体温。
「明日、絶対 出て行けよ」
オレはもう、それきり 彼女に触れなかった。
彼女も、もう オレの背中に触れなかった。
「…ミヤP、クルマ持ってたんだね…」
翌朝。オレは助手席にリリカを乗せていた。
国産のツーシーター。
まだ 朝の渋滞には早い時刻。
オレは彼女のほうを見ず、「どこで降ろせばいい?」 とだけ訊ねた。
「…じゃあ、そこの信号を右に曲がったところ…テキトーでいい」
「─────…歩いて帰れる距離なのか ?!」
「……………………。」
彼女も さっきからうつむいたままだった。
言われた通り、次の信号を右折し、すぐのところで 急ブレーキをかけた。
路肩に停車した途端、顔をあげてオレを見た リリカの目が揺れる。
「…ダメだ、約束だろう。…今すぐ降りろ」
「─────…はい。…ありがとう………」
彼女は 小さなバッグを手に、おずおずと助手席側のドアを開け、歩道に下りた。
オレは 別れのあいさつをせず、彼女も 何も言わなかった。
「行けよ。…気を付けてな」
彼女は小さくうなずき、うつむいたまま オレに背を向けて歩き出す。その緩慢な足取りを
目で追いながら、シートにもたれて 珍しくオレは タバコを口に咥えた。
そして、そのタバコ一本分だけ そこに停車し、彼女の後ろ姿が小さくなっていくのを見送っ
た。
何も いつもと変わらない、月曜の朝。
デスクに着くと、斜め向かいに居る上司のカスミさんが、形のいい 上品なローズに縁取られ
た唇だけで微笑んでみせた。
コンピュータのスイッチを入れ、今日も 株価との睨めっこが始まる。
─────…リリカのやつ、ちゃんと 無事に帰ったのか…?事務所の場所は どこだった
か。
無意識にそんな考えが 頭をよぎり、そうだ、と クライアントの一人の顔を思い出した。
工業用機械部品メーカーの 山内社長。
いつか、リリカのケータイストラップを 恥ずかしそうにオレに見せていた。
社長は リリカの所属する芸能プロダクションの店頭株を 大量に持っていた。…プロダク
ションの名前は、(株)フォックス・エンタープライズ。
オレはパソコン画面から その名を検索する。…出て来た。所在地を確認すると、彼女を
降ろした地点からは、とても徒歩では戻れない距離だった。
─────あいつ、確か 一文無しだったんじゃなかったか ?! どうやって事務所まで帰る
つもりだ ?!
「………かな?ミヤビ」
「─────…えっ…、」
「おいおい、どうしたんだよ、」
「あ、あぁ…済まん…、何だ?」
デスク脇には、同僚の大滝 正直(おおたき まさなお)が 苦笑しながら立っていた。
「何だよ、お前らしくないな、仕事の鬼が 株価も上の空で考え事か?」
大柄で 屈託の無い彼。だからこそ、こんな皮肉を言われても さして腹も立たない。
「───…別に…、ちょっとな」
「あ!」
大滝 正直───愛称・ 『マサ』 は、いきなり短い叫び声と共に オレのデスクの液晶
画面を覗き込んだ。長身を屈め、指を指して言う。
「そっか、山内社長、ここの株 大量買いしてたっけ」
「…あぁ。親バカが高じて、娘のために」
「ヤバいよなぁ、リリカ失踪だって ?! 株価下がるぞ、言ってる間に」
「 ?! 」
オレの心臓は ギクリと止まった。
「しっかし お前には敵わないよミヤビ、たった今 さっきのニュースで もう動いてんだからホント
抜け目無い」
マサは呑気な声で、オレの仕事振りを褒めた。
「…ホントか… ?!」
「───…うん…?」
おそらく、デスクから腰を浮かせたオレの目は 血走っていた。マサも さすがに眉をひそめ
雰囲気を一変させる。
「今の話…っ、リリカ、」
「え ?! 何だよ 知らなかったのか ?!」
オレは知らず マサの鼻先に詰め寄っていた。ヤツの上腕を 両手で掴む。
「─────…リリカ、どうしたって ?!」
その話を聞いた後のオレは、仕事なんて 手に付かなくなってしまった。 |
★甘栗のちゃちゃ。
ちいちゃん:(呆然)
累:大丈夫かちいちゃん?!
ちいちゃん:(ちいちゃんと呼ばれてちょっとムカ)ミヤP、フェイントだよ…食わずに終わった…
累:おい!(^_^;) 失踪だぞ失踪!!そっちの話しかよ〜〜(爆)
ちいちゃん:いやでもだって!!読者の声を代弁してるんじゃん!今回はえっち有りの回じゃ
なかったのか〜?!
累:そんな事オレに言われても…。じゃあオレ達2人が読者サービスという事で…(ちぅ)
ちいちゃん:うぎゃ〜〜〜〜!!(悲鳴) |
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「オレ様とプリンセス」−6 Written by; Tamaco Akitsushima |
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