8 抱き締めずにはいられない。
そっと カウチにリリカの身体を横たえると、沈んだ表情の彼女は、尚も済まなさそうに瞳を
揺らした。
「…とりあえず、…その脚を どうにかしないと」
雅臣は 彼女の膝に浮いた血を拭き取り、オキシドールで消毒した。もう かすり傷は塞が
っていた。
無言の彼女は、彼と視線を合わせようとはしない。
カウチに手足を縮めてうずくまり、背けた顔を両腕で覆った。
「…ごめんね…、何度もごめんなさい…っ…、───…っまた、迷惑…掛けて…、」
「─────………。」
この期に及んでそんなセリフを告げられても どんな言葉を返せというのか。彼は彼女を
見下ろしたまま、返事のしようもない。
「すぐに…っ…、出てくから…、」
やっぱり、その言葉にも ため息しか出ない。
あの場に置いてくればよかった。こんなやっかいなお荷物。
───…少しだけ、そんな後悔も走った。
…警察が捜索しているという事は、成り行きながら 自分は当の彼女を自宅に何日も
置いていた張本人に他ならない。
いくら彼女が この後、「失踪は自分の意志だった」 と言おうとも、弁解は免れない。事情
聴取も受ける羽目になるだろう。
とにかく、今の状況と そこにこの後くっついてくるであろう面倒の数々を思うと、それだけで
疲れは一気に押し寄せる。
雅臣は決して お人好しな性質ではない。なのになぜ、こんな事に ?!
─────彼も、ダイニングチェアに脱力した。
無言の時。壁の時計だけが 秒を刻んでいる。
それから数時間、夜の帳が すっかり辺りを包み込んでしまっても、2人はそこに佇んだ
まま何も話さず、動きもしなかった。
「─────…おい。」
ようやく、彼が口を開く。
言葉を投げ掛けられた主は カウチの背ごしにのろのろと身を起こすと、彼を返り見た。
「………夕食の用意をしろ。」
「…え、」
「腹が減った。何でもいいから温めろ。」
「……………………、」
「早くしろ。」
リリカの眉が上がる。何とも言えない瞳が揺れる。
「…あたし ここに居ていいの………?」
「夕食の支度をしないんなら、今すぐ出て行け」
「 ! 」
彼女の表情に陽が差した。
「うんっ」
急いでパタパタとリビングを横切り、小柄な少女は キッチンへと消えた。
「…何が 『歩けない』 だ…、『床に足が張り付いちゃった』 だ…」
その様子を横目で見ながら、忌々しげに彼がつぶやく。
「え?なぁに ?!」
「───…いや、とにかく明日の朝には もう一度、今度は事務所まで お前を送り届ける
から。事務所の住所も調べた。…今度こそ 泣こうがわめこうが床に足が張り付こうが、もう
絶対に オレは聞く耳を持たないからな」
もう彼女の耳には 彼の低い声は聞こえていないらしく、鼻歌を口ずさみながら フワフワ
したロングヘアは冷蔵庫の中を覗き込み、あれこれ取り出している。
結局 怒った分だけこっちの苛立ちが増すだけだ…。
雅臣も もう、それ以上彼女に言って聞かせる事を諦めた。
「─────………。」
2人が並んでベッドに横たわるのは、昨夜で最後になるはずだったのに。
「考えてみれば 奇妙な縁だな………」
シーツに片方の肩をうずめ、リリカに背を向けた彼は 灯かりを落とすと独り言をつぶやいて
いた。
群青色を集めたような この部屋の底、何となく壁を見つめたまま 彼は考える。
昼間、彼女が姿を消したと知って、我ながら どこかおかしくなったんじゃないか、と疑うほど
取り乱した。
自分の人生の中で 今日ほど感情が揺さぶられる事態など、思い起こしてみても、そう
ない。
父が病に倒れて 救急車で運ばれたと連絡を受けた時にも、ここまではうろたえなかった。
その父がしばらくの入院の後、病室で息を引き取ったとの連絡を受けた時にも。…実際に
駆けつけた先の病室で、泣き崩れている母を見た時にも。…自分の姿を認めた途端、
すがりつき大声を上げた妹を抱き止めた時にも。
─────今日の自分は 一体何だったのか。
結局 誰かに連れ去られた訳でもなく、一人で街を徘徊した挙句、甘ったれた電話を
よこして来たリリカの顔を見た途端、怒りは怒涛のごとく込み上げてきて。もう押さえが
利かないほどだった。
両肩と両の拳に 渾身の力を込めて握り締めていなければ、彼女を あの場で張り飛ば
してしまっていたかも知れない。
あんなにも腹を立てたのも まったく自分らしくなかったし、今思えば、きっと普段の自分
ならば、あの時の、彼女からの電話のあった時点で 電話を叩き切り、そこで終いだ。
そのはずが───…気がつけば 結果として彼女をここまで運んできてしまったのは
他
でもない、自分。
苛立ちは今も みぞおち辺りにくすぶり続けていた。
けれども同時に、目の届くところに彼女が居るというだけで、昼間とは比べ物にならない
ほどの深い落ち着きもある。
「………あたし、ミヤビと出会えてよかった………」
「─────…、」
もう とっくに眠っているのだと思っていたら、背後から声がした。
何となく 反射的に声の主を見れば、彼女は天井を見つめていた。まつ毛がしばたかれ
る。
横顔は尚も独り、夢見るようにつぶやく。
「………あたし、ミヤビを好きになってよかった………。…明日からちゃんと、…今度こそ
逃げずに頑張る。───…ちょっとくらい つらい事があったとしても、ミヤビの事思い出して
頑張れる」
「─────………、」
こういう時、本当に言葉に困る。
白いバスローブのまま、隣りに仰向けに横たわっているその横顔は、今まで彼が見たうちで
最も大人びて見えた。
「………何で オレなんかがいいんだ…?変わった奴だな、お前」
考えるよりも先に、そんな問いが口から漏れていた。問いというよりは、独り言。
リリカの眼差しが、彼を流し見る。その妖精のような彼女の空気に、彼は思わず
吸い込ま
れそうになり、わずかにたじろいだ。
「…やっぱりまだ 分かんない、…けど…だってミヤビは嘘をつかないから。」
「 ?! 」
予想もしない答えに、彼は眉を寄せる。
「───…そんな事 どうして判る…?ひょっとしたらオレは とんでもない極悪人かも知れ
ないぞ…?」
彼女は 少女めいた微笑を深くしながら僅かに肩をすくめ、はにかんでみせる。
「絶対違う、ミヤビはいい人だよ。…ううん、ホントは いい人かどうかなんて分かんない。
だけどあたしには すごく優しいもん」
また彼は 怪訝な眉を余計に寄せなければならない。彼女の言葉は意味が判らず、理解
に苦しむ。
彼女ほど愛らしければ、どんな男だってチヤホヤするだろう。彼女に笑顔を向けない男の
ほうが きっと希少だと思う。自分にとっては 彼女はほんの子供にしか見えなくて、けれども
彼女を女として見る男にすれば、きっと この微笑み一つで彼女に魂を奪われる。
そんな彼女は、誰かからの優しさなど うんざりするほど手に入れているのではないのか。
「…ミヤビは あたしの知ってる大人と正反対。…みんな うわべだけはすっごく優しい。だけ
ど…あたしもう判っちゃったの、違うの それって。優しさなんかじゃない。あたしを都合よく
動かすための言葉とか笑顔。」
「……………………、」
「ミヤビは微笑わないよね。…だけど一度も あたしを利用しようとしないもん。あたしをいい
ように動かそうとしない。…あたしの様子を伺わないし、あたしに媚びない」
「…オレに、お前に媚びなきゃならない理由なんて どこにある?」
またリリカは微笑みを作る。そして身体を横に向けると、改めて 雅臣をまっすぐに見た。
やはり彼は、そんな風に 真正面から一途に見詰められ、内心どんなカオをしていいのか
戸惑った。…仕方がないから、そのまま彼女を見つめ返して 言葉を待つ。
「…ミヤビはいつも まっすぐにあたしを見てくるでしょう?…ちょっと怖いけど、微笑ってくれ
ないけど、それって あたしを利用しようとしてない人の目だもん。…あたしに嘘ついてない
目だもん…、…あたしに何も隠してない目だよ………、」
彼女はふいに、両手の指先で 自らの目頭を押さえた。にわかに溢れた瞳を、けれど逸ら
さず、閉じる事もしないまま。───…精一杯、まっすぐに彼を見てくる。
そんなリリカを見ながら 彼は、思いつきもしなかった彼女の 内面の孤独を垣間見た気が
した。
彼女の利用価値しか見ない大人達の中で、彼女は生きてきて。彼女は知っている、
誰も 彼女の内面になど───…彼女の存在そのものになど、興味も関心もないの
だと。
『リリカ』 には用事があっても、『相澤 右生』 に用事のある者は居ないのだ。
『リリカの商品価値』 は見るけれども、『価値のないリリカ』 になど興味はない。
みんなが彼女を見、彼女に甘い言葉を掛けるけれども、本当は誰も 彼女を見ていない。
誰の目にも映っていない、本当の彼女。
『相澤 右生』 の存在は、透明人間みたいにすり抜けて、誰の視界にも映らない。
異邦人みたいに 一人彷徨って、自分の懐に迷い込んできた女の子。
雅臣が接してきたのは、『リリカ』 じゃなかった。
確かに彼は、一度たりとて 彼女をTV画面の向こうで微笑ってるタレントとして見た事など
なかった。
「─────…ミヤビが あたしのファーストキスの相手でよかったな」
彼女はまた、少し恥ずかしそうに微笑う。やっぱり、羽根のようで しゃぼん玉のようで、
この世のものじゃないみたいな、壊れそうな透明さ。白いバスローブから覗く華奢な鎖骨。
「…ありがとう………。きっと 明日の朝、ちゃんと言えないから。…もう2度と会えなくても
あたし、ずっとミヤビの事 好きだよ…、ずーっとずーっと好き… 一生好きでいる」
涙を堪えて スマイルを見せる少女の、くぐもった声。
夜の静けさ、夜の荘厳さ。
「ミヤビ以外の誰も好きにならない…、ミヤビがいつか…大人になったあたしを
TVで見つ
けてくれて…例えばあたし、その時もまだ人気あって 今より綺麗になってたら…、そした
ら…っ、もしも───…その時のあたしを観て、もう一度 あたしと会いたいって思ってもら
えたらすごく嬉しい…、その時も絶対に あたしはミヤビを好きだからね…?」
─────こんな彼女を、抱き締めずに居る事など出来るだろうか。
「─────………っ………」
彼はリリカではなく、右生(ゆう)に口唇付けていた。
細く頼りない肩や背を、思い切り強く 抱き締めてやる。そうしながら思う。
何でこんなに 寂しい肩をしているんだ。
彼は 彼女の身体を胸の中に抱きながら、やりきれなさに襲われた。
彼女は本当に───…捨てられたネコのようだ。
まだ16で。キラキラ輝いていて。何もかもが新鮮で 楽しくて、興味の対象は次から次へと
現れ、何をするにもワクワクと 躍動感が内側から湧き上がってきて………。そんな年代の
はずだった。
なのに何で 笑顔の後ろに、こんな とてつもない孤独を隠しているんだ。
ゆうを孤独の海から、引き上げてやりたいと思った。
一期一会、どうせ2人の人生のレールは、この一点で交わった後 また大きく離れてゆく
───…。
住む世界の違う2人。生きる方向の違う2人。
けれど誰も、こんな彼女に気付かないなら。この寂しい肩を、知らないフリして無視するの
なら。一人くらい、ゆうの心を抱いてやる人間が居てもいいと 彼は思った。
─────まったく、今日の自分は どうかしている─────…。
彼女に対してだけ、なぜか こんなにも自分らしくない自分が居た。
「───…ゆう………」
強く腕の中に抱き締めたまま、彼はそっと 彼女の耳元にささやきを流した。
名前を呼ばれて 彼女は、ビクリと小さく戸惑った。
「…オレの事は忘れろ、絶対忘れろ、───…いいな、オレはお前とは違う世界の人間
だし お前はつらい現実から逃げてるだけだ、誰でもいいから 本当の自分を見つけて欲し
かっただけだ」
「違う、あたしはミヤビを…っ、」
雅臣はいい募ろうとして見上げてくるゆうを、視線だけで制する。
「───…オレは 自分の面倒も自分で見れずに、無責任に他人に甘えようとする人間
が 一番嫌いだ」
「…っ、」
「…だから逃げるな。───…明日になったら、ここを出て行くんだ。もう一度、お前の
世界でやり直せ」
ここまでを言い終えて彼の視線から ほんの僅か、厳しさが和らぐ。
そっと、手の甲で ゆうの頬に触れながら、彼は静かに告げた。
「………ゆう。お前の事、オレは ちゃんと見ててやる。こっちの世界から見守っててやる
から。」
全く、彼は自ら発した言葉にも拘らず、自分らしくないそのセリフに 心中驚いていた。
けれど それは決して、口から出任せに出た言葉でもなかった。…元来 彼は、その場
しのぎの優しさになど、爪の先ほどの価値も見出していない。気休めを口にする事に、
何の意味も感じないから。
結局 その時だけをうやむやにやり過ごしたとしても、すぐに重い現実が突きつけられるのは
目に見えているのだ、余計につらくなるだけ。だから 無意味な事は言わない、しない。
けれども その時の自分を、彼は理解もできなかったし、抑える事もできなかった。
もう 2度と会う事のない少女。
ならば 朝までの長くはない時間、彼女の欲しいものを 与えてやってもいいと思えた。
もう一度、その花びらのように 可憐な唇に口唇付けた。
「───…ミヤビ………、」
キスの合い間に 吐息のようなつぶやきが細く漏れる。彼女の細い指が、彼のうなじに触れ
てくる。本当に、驚くほど細くて子供のような たどたどしい指先。
誰かのために生きる事など、彼にとって 最低の下らない事だった。自分は自分のために
しか生きない、例え一秒たりとも、誰かのために自分を曲げない。何者からも捉われず、
誰の犠牲にもなりたくなかった。
そんな自分を友は 一匹狼だと言う。
付き合った女は 身勝手だという。
けれど それが彼のライフスタイルであり、貫くべき生き方だった。
妥協は要らない、自由でいたい。
なのに。
今まで誰かとの間に、こんな感情が生まれた事などなかった。
彼女のために、何かを贈ってやりたいと思った。
『リリカ』 じゃなく、『ゆう』 のために。
それは、形を成さない 空気のような『何か』。
だから、どうやってそれを贈ればいいのか 判らなかった。
花束のようにリボンを巻く事も出来ないし、見せる事も 触らせる事も叶わない。
強いて言うならば、『時』 を与えてやりたいと思った。
きっと 彼女の親や、彼女の周囲に居る誰もが 長い間彼女に与えてやらなかった、極上
の羽毛に包まれて眠るような安堵感を。
彼女の肩にそっと触れ、上腕にも触れた。
彼女の全てに触れてやりたかった。そして 全部残らずそのままを受け止めているから、と。
そう 心の底深くにまで伝えたかった。
「ミヤビ………」
抱きすくめられて、ゆうは彼の背に手を回した。
彼は彼女の頬や、こめかみや、髪にも口唇付ける。
「いつも寒かったよ…、」
ゆうの目尻から、涙が細い筋を作って滑り落ちた。
その涙の跡も彼は、そっと唇で辿ってやった。
「ずっとね、寒くって 身体の真ん中がガランとしてたよ…、」
雅臣の背にある細い指は、彼にすがってくる。
「ミヤビ、すごくあったかいね…」
細い声が 彼の耳の後ろでそうささやく。
「───…お前はもっと強くなれ、…今日だけ オレの熱をやるから」
「…うん、強くなりたい…」
いく度も伝い落ちる 涙。
「ミヤビ、あたしに ミヤビの事刻み付けて」
彼女の潤んだ瞳が 彼を流し見て そう懇願した。
「…あたしが次に会う時まで、ミヤビの感じ…ずっと覚えてられるように。全身がいつまでも
ミヤビを記憶してられるように…」
何て切ない眼差しで 彼女は見上げてくるのだろう。
濡れたまつ毛が瞬かれる。大人と子供の狭間で揺れる 彼女の危うさ、艶やかさ。
「─────………、」
「…今 困ってる…?ミヤビ」
さくら色した唇は、震える声で問い掛けてくる。
それから 見下ろす彼の下、そっとバスローブの胸を自ら開いた。
何とも言えない、子供の線を残した 鎖骨。肩も上腕も 白いタオル地の中から露になる。
その細い首筋にも 吸い寄せられるようにキスを落とすと、彼女はホッとしたように 吐息を
漏らした。
彼の髪ごと、両腕で抱き締める。雅臣の唇は、胸の上辺りにも 心臓にも落ちた。
「ミヤビの唇、あったかいね…」
サラリと すべらかな白い肌。やはり どこか甘いような、ふんわりとした彼女の香り。
そこに頬が触れると、たまらない心地よさだった。
目を伏せていると、ここがどこだったか忘れてしまいそうになる。地上だったか天国だったか。
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★甘栗のちゃちゃ。
ちいちゃん:おお〜〜やっとこれからえっちしーんか!(ワクワク)
累:さて?どうだろう?
ちいちゃん:なんだよ、えっちしーんに突入じゃないのかよ
累:いや分かんない。賭ける?
ちいちゃん:おう。ほいじゃえっちするほうにケンタッキーのドラゴンツイスターとマイごちセット
累:うん、じゃあえっちしないほうに吉野家の牛丼
ちいちゃん:ちょっと待て。吉野家、今牛丼やってないじゃん!!
累:あ、バレたか。…けどどっちが負けても一緒にごはんしなきゃだよね(笑)。
ちいちゃん:うーむ(それもかなり嫌だなぁ) |
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「オレ様とプリンセス」−8 Written by; Tamaco Akitsushima |
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