小説トップページへ戻る




 「だって愛しすぎるから。」 Written by; Tamaco Akitsushima

              3  二人きり、山小屋にて。

 「まさき、下見いつ行く?」
「…ゲッ、何でちいちゃんも行くんだよ?!」
撮影も順調に進み、日差しは鋭角的に容赦なく突き刺さってくる、午後。
今日も映研部員は校庭でのロケだった。
「…って、じゃあお前一人で行くつもりだった?」
校舎の影に腰を下ろし、コンビニのサンドウィッチのフィルムをはがしていると、
目の前にちいちゃんがしゃがみ込んで来る。
 夏休みの飯ごう水さんは、文化センターなど他の剣道場の子供達も募って、例年よりも
人数が多くなる。オリエンテーリングのコースを決めるべく、まさきはキャンプ場の周辺に
出掛けるつもりをしていた。
「一人で十分だ」
「いーじゃん、一緒に行こう?」
言いながら、ちいちゃんはまさきの手の中にあるサンドウィッチを引っ張りぬく。
「あッ!!」
抗議する間も無く、食べられていた。
「ほへほほひひりやふはら」
「…オレのおにぎりやるから?」
訳しながら、まさきが上目遣いに睨む。
「ひゃへほほはいはれー、ほっひにふる?」
「…シャケとドライカレー?…どっちも要らねーよッ!」
「………ひゃ、ほれ」
「 ! 」
…コアラのマーチ。
「─────…。」
「はっひーはーふでー、まはひ」
─────ハッピーバースデー、まさき。
途端に真っ赤になる、ブレザー姿。
口の中のものをコーラで飲み下して、立ち上がり様ちいちゃんが笑った。
昔、大好物だった、コアラのマーチ。…しかも誕生日、覚えててくれたんだ。
「…いつ行く?オレのバイトが無くて、撮影も無い日」
「一緒に行かねーって!もうッ!」

 ─────水曜日。二人は山の中に居た。
本当は今日も撮影のはずが、主役の片割れ、中目 由美が急用で来られなくなった
ため、解散した。その足で、まさきはここに来ていた。隣りには、ちいちゃん。
聖も付いていく、と聞かなかったけれど………まさきは一人でさっさとこの仕事を
終わらせてしまいたかった。
…そして部長には何も告げずに一人、駅までやってくると。今、目の前に居る彼が
ホームのベンチに座っていた。いつものように、長い脚を放り出して。
目を上げた先のまさきを見つけて、してやったり、という表情をしてみせる。

 目的地でサイクリング用の自転車をレンタルして。そして夏めいたこの緑の山道を
漕いだ。
「…何でそんな下見来たかったの?」
低い声で無愛想なまさき。
本当は、こんなハプニング続きの今日という日を、心の中で神様に感謝していた。
…同時に、少し恨みもする。…こんな事なら、聖も連れてくればよかった。
すれ違う人もまばらなこの場所で。たった二人きり、これから数時間は緊張で息が
詰まりそう。
「親睦を深めたくて」
「………ハァ?! オレと?!」
「そう露骨にカオしかめないでくれる?男前が台無しじゃん?」 っつうかお前、
何怒ってんの?と。目を見たまま問われて、まさきは視線を泳がせた。
「言いたいことあるなら、言って?…お前なら何言われても怒んないから」
「……………。別に………。何もない」
「─────…。」
日差しはやはり直線的かつ攻撃的に突き刺さる。舗装道路からは陽炎が立ち昇って
いた。

 二人はそれきり言葉も少なく、淡々と地図を見ながらオリエンテーリングの順路を
決めた。上ったり下ったり。一時間もペダルを漕いでいると、ふいにまさきを目まいが襲う。
「………れ?」
目の前が暗くなり、バランスを崩して危うく転びかけた。
「どうした?大丈夫かよ、…日射病かな、クソ暑いから」
自転車を停めて振り返ったちいちゃんが心配げな声で問う。
「…いや、何でも…。大丈夫、問題ない、早く終わらせてしまおう」
 実際のキャンプでは、子供達はこの行程を徒歩で進む。余り過酷なコースを組んでも
いけない。
「ちょっと休まない?オレ腹減った」
 木陰を見つけ、ちいちゃんが先に大きなねむの木の幹にもたれる。
まさきは細いため息をもらしながら、内心ヤバいな、と思い始めていた。
下腹部が重く鈍く痛みを訴えている。おそらく…いや間違いなく、きっとこれは生理痛。
元々かなり不順だし、生理は軽いほうじゃなくて。中学の時、あまりの痛みに気を失った
事さえある。
あの時の事が嫌な種類の焦りと共に甦る。
「…まさき今日もサンドウィッチか?」
「─────…欲しいなら、やる」
朝コンビニで買っていたそれを、デイパックから差し出す。
「…お前何か顔色、悪くない?」
「ちょっと疲れただけ。…食欲ないから、それ全部食っちゃっていーよ」
「……………。」

 「まさき、引き返そう」
─────二人の頭上、さっきまで照りつけていた太陽を、あっという間に雨雲が
飲み込んでいた。
「─────…、」 雨降りそう、と言う間もなく。いきなりそれはパラパラと、見上げた
顔に掛かり始めて。
「ヤバ、急げ」
二人は元来た道を引き返す。
けれどたちまち降り出した山の雨は、容赦なくその強度を増し、空は一面厚く低く
みるみるうちに灰色一色に煙った。
どこに放置して帰ってもいい決まりになっているレンタサイクルの自転車を路肩に捨て、
枝を大きく広げた木の下に逃げ込む。
まさきはその場に耐え切れず、しゃがみ込んでしまった。
「何お前、具合悪いの?…腹痛い?」
「……………」 抱えた膝に顔を埋め、まさきのショートヘアは小さくうなずいただけ
だった。
「クスリとか持ってないのか?」
今度はかすかに頭が左右に振られる。
頭上の声が舌打ちする。
「えーっと…今どこだ、クソ」
地図を広げる音が、やはりまさきの頭の上で聞こえた。
ほどなくして、「行くぞ」 という声が落ちてきた。
力なく顔を上げると、その蒼白な表情にちいちゃんのほうが息を呑んだ。
ことの深刻さに気づいて、声も表情も険しくなる。
「………まさき、雨ひどくなる前に、この林突っ切るから。頑張れ。」
手を差し出される。けれど彼女にはその手を取る気力さえもうなかった。
「…ごめん、動けない。…さき帰って。」
「バカ、何言ってんだ、───…しゃあねーな、この向こうに…わかんないけど、多分
避難場所あるから…、そこまで道路から回ってらんない、直線コースで林ん中突っ切って
行く。そしたら休めるから。…立て、おぶってやる」
「………?! イヤだそんなの…ッ」
「イヤとか言ってるうちに雨強くなるぞ?! ホラ早く!」
「わッ!離せ!やめろって…!」
「ヘンな意地張ってる場合じゃねーよ、こら早く」
「だから置いてけって…!」
「何言ってんだ、ドラマじゃねーんだから…ッ!格好いい事言ってる場合か!置いてって
万が一、お前どうにかなったらオレの一生メチャクチャだっつうの!」

 雨はやはり激しさを増し始めた。本降りになる中、土の斜面をちいちゃんがまさきを
背負う。
「…ごめん重くて」
まさきは恥ずかしさと気の遠くなるような痛みに、死にたくなった。
「…逆、軽くて…何かびっくりした」
密着する、胸と背中。触れ合っている部分がやけどしそうに熱く感じた。
人一人見当たらない林の中を、地図と方向感覚だけを頼りに降りる。
多分、時間にして10分くらい。……………けれどまさきには顔から火が吹きそうなくらい、
苦痛と羞恥にさいなまれたとてつもなく長い時間。
背中や肩に容赦ない雨が叩きつける。
耳鳴りみたいに、雨のノイズが湿気と共に立ち込めた。
「……………あった………!」
ノイズに半ばかき消された、ちいちゃんの短い叫び声。
休憩所、ではなかった。
そこは、かろうじて屋根のある、けれど壊れそうに心細い、…「山小屋」。
板で造られた小さなそこは、長いこと人など足を踏み入れてないような雰囲気の狭い
空間だった。
けれど今の二人には、雨をしのげるだけでも有り難い場所だった。
彼の背中からようやく解放されたまさきは、安堵の次に襲ってきた寒気に身震いした。
「……………ッ」
強引に上を向かされ、額に大きな手が無遠慮に触れてくる。
「…マジヤバ、熱いよ…クソ、早くやんでくれよ…ッ、」
独りごちながら爪を噛むちいちゃん。
もう片方の手は思いついたようにケータイを取り出し、圏外の表示に舌打ちする。
まさきの唇は、寒さに震え始めていた。
濡れた髪を、彼の両手がタオルで拭いてくれる。
ガシガシ、いたわるというよりも、焦りだけが伝わってくるような余裕のない手。
「まさき、」
名前を呼ばれ、痛みをこらえながら寄せていた眉をそちらへ向ける。
彼は自ら身につけていた白いTシャツをいきなり脱いだ。
「お前これに着替えろ。オレお前おぶってたから、あんま濡れてないからさ、
…お前は背中ビショビショだ、それじゃ本格的に寝込むハメになる」
「………ッ!…いい!そんなの絶対嫌だ…ッ!」
露骨に身を背けるまさきに、それでもちいちゃんはTシャツを押し付けてきた。
「んなわがまま言ってる場合か?! 救急車も助けも呼べないんだぞ?! オレの身になって
みろ!お前の具合がこれ以上悪くなったら、…このまま雨が止まなかったら…オレ達
どうなるよ?! 協力しろって…!」
「─────………ッ、」
怒鳴り返されて、まさきがひるむ。
「ホラ、向こう向いててやるからッ、さっさとしろって!」
………仕方なしに、言われた通り背中を向けて、身につけていた青いTシャツを脱ぐ。
確かにそれは重たいほど濡れていた。
代わりに身につけたちいちゃんの白いシャツは、大きかった。微かに、彼の香り。
「…ごめん、ちいちゃん………寒くない?」
「───…今が夏でよかった」
その声を合図にこちらを向いた彼は、少し疲れた表情で小さく微笑った。

 まさきのこめかみからは、痛みに耐えているせいで油汗が浮いていた。
しばらく無言でそこにたたずんでいた二人。
身体を縮め、頭を抱えている彼女を見下ろしながら、
「オレ、電話のあるとこまで降りて、助け呼んでくる」
彼はそう静かに告げた。
「…やだ、」
弾かれたように、まさきが顔を上げる。
すぐ側に彼の心配そうな瞳。髪はやはり雨に濡れている。
…そっと手が伸ばされ、彼の指がまさきのこめかみから額の辺りを撫でた。
先ほどとはまるで違う手のように、それは優しくなだめるようだった。
「雨、止みそうにない、オレすぐ戻ってくるから…、」
「嫌だ、行かないで…、ちいちゃん、」
まさきの声は心細い子供のように震えていた。
───…今度は、彼の両手がその頭を引き寄せる。
咄嗟に恥ずかしくなり、振り払ったつもりが、まさきにはもうそんな気力さえ残っては
居なくて。彼の腕に頭を抱かれたまま、どうする事も出来なかった。
 下腹の鈍痛は徐々に増しつつあった。…本当に、このままでは夜になってしまう。
辺りは雨に煙ったまま暗くて。今が何時なのかも分からなかった。
おそらく、まだ昼間のはずだけれど、時間の感覚さえ痛みのせいで分からなくなって
きている。
ちいちゃんの指は、こめかみの汗を払ってくれた。
「…大丈夫か…?お前すごくつらそうだけど…」
「………大丈夫…、じきに治まる…」
まさきは震える声で嘘をついた。

 それから何時間、二人はそこに居たのか、もう分からなかった。
多分、熱も出ていて。ちいちゃんの腕が抱いていてくれたから、何度も気が遠くなり
ながら、それでも回らない頭でとてつもない安心感を感じていた。
彼のむきだしの鎖骨が頬に当たっていた。
「………、ちいちゃん…、」
朦朧とした頭を揺さぶられた気がして、薄く目を開けると、再び彼におぶられていた。
「………雨、あがったから今のうちに降りる」
振り向いて流し見た目はそれだけ告げて、荷物を手に持ち、再び小屋を出た。
「ごめん………、」
彼の素肌。広い肩を見ながらおずおずと首に腕を回す。
「謝んな。…お前今日、独りでここ来てなくってホントラッキーだったよな」
「……………。」
もう振り向かず、それだけを静かに、けれどからかうような気配と共に返事が返ってきた。
─────本当だ…。一人もサイアクだし、聖と二人とかだったら、もっととんでも
なかった、超サイアクだった…。
まさきは力なく目を伏せた。

 「ただの生理痛だったのよー、ホントごめんねちいちゃん、迷惑掛けちゃって…。」
階下で、母の声がしていた。
まさきは結局、熱を出してそのまま寝込んだ。
今朝にはもう、ほとんど微熱にまで戻っていたけれど。
寝込むなど、まさきの人生上、この上なくめずらしく、屈辱的な事だった。
…その上、多分様子を見に寄ってくれたらしいちいちゃんに、母は無神経にも生理痛
だったとバラしてしまう始末。
 …続いて、階段を上ってくる足音。
自室の和式布団に横になっていた彼女は、慌てて寝たフリをした。
「おーっす、どう?調子」
ガラリと引き戸を無遠慮に開けられる音。同時に届く、声。
「………っと、…まさき………?」
急にその声は控えめなニュアンスのささやきに変わる。
「……………。」
成り行き上、今さら目を開ける訳にも行かず、まさきはタヌキ寝入りを決め込むしか
なかった。…なのに、諦めてさっさと去るはずの気配は、まだそこにある。
多分、彼はあぐらか立てひざでまさきを覗き込んでいる。
─────…早く消えてくれよ…ッ。
まさきは心の中で半ば祈るように念じた。
にわかに心臓は鼓動を早め、それは加速度を持ってどんどん大きく高鳴り始める。
…ヤバい、限界。顔、赤くなる、きっと。
「─────…ッ!」
ふいに。
額に、手が触れた。夏だっていうのに、それは事の他冷たくて、ビクリと肩が跳ねる。
「………何だ、起きてんじゃん」
「……………………。」
だけど、やっぱり今さらもう目は開けられない。バツが悪すぎて。
「─────…と思ったら、間違いか…」
そう思っていたら、そんな独り言が聞こえた。
伏せたままのまぶたに、彼の視線が当たってる。
そっと、手が離れた。けれどまだ立ち去らない彼。
「…早く元気になれよ………。主演映画が待ってるからな…」
─────柔らかなささやき。
そして………えッ?!
 今、たしかに触れたそれ。
気のせい…?!
引き戸が再び音を立て、気配は階下に消えた。
「─────…、」
まさきは戸口を食い入るように見つめた。
「………何?! 今の…ッ、」
時間差で、頬に血が上る。
耳にまで一気に血が到達する。心臓はますます口から飛び出しそうなほど、音を立てて
いた。
身を起こし、震える指先でおそるおそる、やはり震える唇に触れてみた。
…やっぱり、今のって指じゃなかった。
…指より、暖かくて─────…。
「……………ッ!」 あの野郎ッ!
それが何だったのか認識した途端、今度は無性に腹が立ってきて。
まさきは引き戸に向かって枕を投げていた。

 飯ごう水さんの日、父は上機嫌だった。彼が一緒だったから。
山頂のキャンプ場で子供達は飛び回っている。
まさきはやはり、ちいちゃんと目も合わせず、無愛想なままだった。
コンクリート製の洗面台で食器を洗っていると、
「貴重な一枚!洗い物をこなすまさきの図!超レアなショット!」 と、彼はちゃかしながら
カメラを向けてくる。それを無視してワザと大きな音を立てながら、すずで出来たペラペラの
金属食器を洗い続ける。…父は、それを見ながら声を立てて笑っていた。
「あと1年でお前解禁だろ?アルコール。そしたら一緒に飲めるなぁ」
父の言葉に。
「飲酒は20歳ですよ。でも今すぐにでもよかったらご一緒します」 と、そつのない社交辞令
を返してみせるちいちゃん。
「…まぁ17も18も一緒か。わしのガキの頃は、15で飲まされてたもんだしなぁ」
「─────…。」 皿に続いて大きな鍋を洗いながら、まさきは心中、不愉快だった。
父は自分には 「飲もう」 なんて絶対に言わない。一度だって。…たとえ冗談だとしても。
何だか、それが訳もなくバカにされているようで、気に食わない。

 「クソ、何なんだよ………!」
撮影の後、いつものように隣りの聖がまさきの部屋に来ていた。
「まさきこの頃、ちいちゃんと仲いいね」
「…ッ良くない!」
聖が目を丸くする。瞬きすると、潤んだ瞳が零れ落ちそうだ。
「…何?何でさっきから怒ってんの…?」
「何か気に食わない。何もかも…!…とにかく気にくわないんだよ…ッ」
苛立ちを露にするまさきの頬は、どことなく赤い。
「ねぇ………、まさき怒らないでね、ねぇもしかして…」
まさきもちいちゃんの事、好きでしょ?
そう確信を持って訊かれて。今度こそまさきは怒鳴り散らした。
「何で…ッ!誰が…ッ!」
─────首から上が真っ赤に染まっているのは、鏡を見なくても分かった。
その色で 「好きだ」 と自らバラしたも同然だった。…墓穴。
「高原くんと、この前話してた時さ、高原くんがそう言ってたんだよねー。…まさきは
ちいちゃんの事、好きなのかな、って。」
「………何であいつ…ッ、」
前髪を握りつぶすように拳を作り、歯軋りの隙間から声を漏らす。
「高原くん、まさきのこと好きみたい」
サラリと臆面もなく言ってのける聖。
今度は別の驚きに、まさきはうろたえなければならなかった。

「……………………。」
それきり、横を向いたまま口を利かないまさきに。
聖は諦めにも似たため息を小さくついて、そっと立ち上がった。
「…あたしさ、由美先輩なら許せないけど、まさきなら許すよ。世界中であたし以外、
ちいちゃんが付き合うならまさきがいいなぁ…。それならまだ、諦めが付く。」
「 ! 」

夏の気配に、ほんの少し秋色が混ざり始めた夕焼け空。
めずらしくこの住宅街にも、とんぼが飛んで来ていた。

 「いよいよだな、…今日でクランクアップかな」
─────早朝の公園。当たり前みたいにまさきを待っているあの男。
………撮影は、あと1,2シーンを残すのみとなっていた。
…そう、例のキスシーン。
「…ちいちゃんは何で映研に入ったんだよ?」
キスシーンの話を振られたくなくて、めずらしくまさきは早口に話題を探した。
「…何で、って…。難しいこと訊くなよ」
「…じゃあ何で沈黙シリーズが好きなんだ?何でセガール?シュワルツネッガーでも
トム・ハンクスでもなくて」
ちいちゃんは派手に声を立てて笑った。白い歯が朝の太陽に反射した。
「そんな事言われても。…理由なんてないだろ?『好き』 に」
「……………、」
いきなり流し見られて、心臓が固まる。
ちいちゃんは、念を押すように繰り返した。
「好きに理由なんてないだろ?…もっと…直感的なもんだから。」
そう言って、わずかに傾げられた首は、意味深な微笑みを深くした。
にわかに先日のあの盗まれたキスを思い出して、まさきは赤面するのを必死に堪えた。
「…まさきは?何で 『エイリアン4』 ?」
「……………。」
そうだった、好きに理由などない。だから答えられない。
「─────…別に、好きなんじゃなくて…。何となく、気になる映画だったからあの時
口から出ただけ」
「やっぱ、強い女?お前が気になるのって」
「 ! 」 そのセリフにカッと頭に血が上る。バカにされた気がした。
微笑みは臆面もなく、「それともウィノナ・ライダー?だから同じ髪型してんの?」
…そう追い討ちを掛けてくる。
ますます女扱いされた気がして、ムカついた。
「違う!ウィノナ・ライダーが、実は人間じゃなくてロボットだったじゃん!あのバレるシーン
が たまらなく………嫌いなんだ」
思わずまさきは立ち上がっていた。
先日の聖のように、目を丸くして見上げてくる彼。…妹とよく似たメリハリのある目元。
「もう、ここに来んな!うっとおしいんだよ!オレは独りで走りたいんだから…!」
心にもないセリフを吐き捨てて、まさきは逃げるように彼を背に走り去った。


「だって愛しすぎるから。」−3
ひとつ前へ この小説のトップへ 次を読む