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 「だって愛しすぎるから。」 Written by; Tamaco Akitsushima

                4  不誠実な告白。

 子供の頃から、まさきは女の子扱いなんてされた事などなかった。
…これは物心ついてから親に聞かされた話だけれど、まさきが生まれる前、父も祖父も
「男の子だ」 と信じて疑わず、男名 「政輝 (まさき)」 しか考えていなかったらしい。
…女の子が生まれ、桶川家はたちまち騒然とした。そして苦肉の策、取られた案が、
「女名・柾 (まさき)」。
 用意されていたベビー服は全て男の子用の色。オモチャももちろん、車や鉄道。
ハイハイからたっち、よちよち歩きが出来るようになると、子供用のプラスチック製の刀を
与えられた。
3歳から道場で稽古が始まり、父と祖父の褒め言葉は 「まさき、お前は日本一
強い子だ!いい跡取りになれるぞー」 …一時が万事、こんな調子だった。
 まさきはこの事に、さして不満も疑問も抱かなかった。
まして、幼い子供に男女の違いの認識など、有るはずもなくて。
自分は大きくなったら、誰よりも男らしい剣士になり、跡取りになるのだと。そう信じきって
いた。
 ───…そんな彼女を奈落の底に突き落とした最初の人間、それが 「ちいちゃん」。
一つ年上、だけど体格だってそれほど違わなかったし、何をしたって負けはしなかった。
…そう、唯一 「立ちション」 以外。
 あの事件で、夜通し近所迷惑なほどの大声を張り上げ、まさきが二晩悔し泣きした
翌々日。大人立会いのもと、ちいちゃんとまさきとの 「駆けっこ」 が催された。
近所の、住宅の角から二つ向こうの角まで。近くに住む女の子達は皆、まさきの味方に
ついて、声援を送った。
 そして、まさきはその日勝ったのだ、ちいちゃんに。
…実は本人とて、予想もしていない結果だった。
…まさか…まさか自分が。一つ年上の、隣りのちいちゃんに勝つなんて。
 まさきの人生上、あれほど嬉しかった日は無い。
…彼女は男としての自信とプライドを取り戻した。そして、再び 「強い男」 としての
人生を全うするのだ、と。決意と夢を膨らませ、顔を上げて生きていけるようになったのだ。
…なのに。
 「まさき、そんなんじゃ婿の来手が無いぞ…?」
最近の父のため息の次に漏れるセリフは、決まってこれだった。
一人娘で、跡取り。だから婿養子を貰う。
…古風な桶川家では、可笑しくも何ともない当たり前の考え。
「いい加減、女の子らしくしなさい」
「何だその豪快な食べっぷりは。」
祖父までもが、父と同じ顔をする。母は困ったようにあいまいな微笑みを見せるだけ。
まさきの味方に付いてくれないところを見ると、内心は父の意見に同意しているようだった。
「何だよもう…!朝からごちゃごちゃうるせーよ!」
「だから、その男言葉もやめなさい」
「ウゼェっつってんだろ!…もう行く!」
「…あ!まさき!」
父が呼び止める。彼女はたたきでスニーカーを履きながら、うんざりした表情を向けた。
父は笑っていた。「ちいちゃんに、明日の夜、どうだって訊いといてくれ」
「 ?! …何か知んないけど、自分で言えば」
もうまさきは振り向かなかった。
─────今日で、最後。撮影も終わる。

 玄関の外で待っていた聖と並んで、無言のまま歩き出す。
聖は今日の事でまさきが深刻になっているのだろうと気を利かせたのか、何も話しかけは
しなかった。
 ラストシーンは、放課後の教室。
卒業式、二人は夕日の差し込む窓辺を背にして、立ったままお別れのキスをする。
今日は良く晴れた一日になりそうで。夕焼けが撮れれば、今日でおしまい。
午前中は、残っていた細々とした足りないシーンを片付けてしまう。真夏なのに冬物の
ブレザー姿のまさきと由美先輩、その他の役者達。汗を掻きながら卒業式のシーンか、
と思うと何だか笑えてくる。
 「部長ー、これみんなで食べてくださーい」
一年の女子部員が、はにかみながら差し入れらしい手作りのパンを差し出した。
わざわざピンクのリボンまで掛けられたそれ。「みんなで食べて」 だなんて。ちいちゃんのため
に作って来たってカオに書いてある。
…まさきの視線の向こう、
「オーッすげェ、丹羽、いい奥さんになりそォー。…食べさせて。」
ちいちゃんは、あーんと口を彼女の前に突き出した。
その後頭部を、妹が勢いよくはたく。
「もうッ!何やってんの!ちいちゃん!」
彼女は妹の特権をフルに使って、彼の首に後ろから抱きついた。
「暑いって!やめろよ、こらッ」
………ちいちゃんと聖は、まるで仲の良いカップルみたい。
兄弟であんな風に接近するほうも、それを許して微笑うほうもヘンだと思う。
そう批評しながら眺めていたら、まさきの脇に居た由美先輩が、ちいちゃんの側に寄って
行った。
一直線、無駄な距離など全く取らず、真正面に立った彼女は、大人びた微笑いで
綺麗に背後の聖を無視し、
「部長、ちょっとこの後のシーンの事で打ち合わせしたいんだ。」
そう有無を言わさない口調で告げる。
聖が抗議する前に、「渡辺さんごめんね、」 と先輩の笑みも付け足して。
…ちいちゃんは、由美先輩に言われて、彼女に続きその場から消えた。…途端に、
まさきの脳裏、あの時の場面が蘇える。思わず頭を振って、その映像を追い出そうとした。
 …無性に焦る。落ち着かない、二人の姿が見えないと。
…ちいちゃん、行かないでよ…!
心の中で叫ぶけど、もちろんそんな懇願は届かなくて。
…見回せば、多くの女子部員達が同じ表情で視線を揺らしていた。

 ───…外は、オレンジ色した美しい色に染まり始めた。雲は影を作り、建物は紫に。
待ちに待っていた、見事なほどの夕焼け。
「んじゃ、これでホントにラスト。クライマックス、行きますよーォ」
ちいちゃんはふざけた口調とは裏腹に、笑ってはいなかった。
「……………………。」
まさきの腹は、もう決まっていた。
ここまでやったんだから、彼の思う描く通りの作品に仕上がるよう、全力を尽くして協力
しよう。…そう思って目の前の人を見ると、由美先輩の眼差しも、観念したように
落ち着いていた。
 話題性と意外性と華やかさ、だったっけ。ちいちゃんの目指す、3大要素。
……………彼は、あの時どんな気持ちでキスしたんだろう、この目の前の赤い唇に。
…由美先輩は、美人だ。聖の可愛さには負けるけど。…好きなカオじゃないけど。
あの1学期の終業式のあとも、由美先輩とちいちゃんが付き合い始めた、というような噂は
全く無い。
…という事は、やっぱりあの時のキスには、何の感情も込められていなかったのかな。
…じゃあ、先日の、あの唇に触れたあれはなんだったんだろう。…オレが寝ていたから、
何となく思いつきで…?それともからかい半分…?あいさつ代わり…?意味も理由も、
何も無い………?
 考えてみればオレ、何か独りで盛り上がったり独りで盛り下がったり…
ちいちゃんに振りまわされてばかりだ、あいつと再会してから。
…何で、自分一人があいつを好きなんだろう。
何でオレ一人、あいつの事でこんなに悩んでるんだろう。
…あぁ、一人じゃないな、この目の前の女の人も。聖も。さっき手作りの差し入れを渡した
丹羽さんも。…その他、この高校内に山ほど、あいつを想うコがいっぱい。
自分もそんな星屑の中の一つ。
「─────…今頃言っても、もう遅いけど……………、」
まさきはシナリオのセリフを呟いた。
演技するまでもなく、声は何故か低くかすれ、微かに震えていた。
「………オレ、好きだったよ由美のこと…」
由美先輩は瞳を反らさず、自分よりも背の高いまさきを見上げてきた。
「─────………。」
いつかの、由美先輩に口唇付けた時のちいちゃんを思い出しながら真似てみる。
彼の触れた、同じ唇。………こうして触れたら、間接キスで、あいつと同じ感覚を共有
出来るかな。
 そう、こんな感じでゆっくり───…そっと触れた。…上腕に手を置いて。
「─────………、…」
重ねた唇は、とてもはかなくて。
それは何だか、叶わない自分の想いのように感じられた。
切なさに、胸が痛みだし、熱い塊がにわかにせり上がる。
「───…ッ、」
前触れも無く、いきなり両の目から涙は湧き出し、回らない頭を置いて突然の雨のように
床を濡らした。
「 ! 」 ちいちゃんを始め、その場に立つ一同が息を呑むのが解かる。
「───…、………」
次のセリフを言おうとして、言葉に出来なかった。
わななく唇のまま,結局まさきは教室を飛び出す。
そのまま廊下を駆け抜け、全速力で洗面台へ向かった。
遠く、使われていない夏休みの校舎の中、「はいカット!」という声が響いていた。

「ッ……………、ぅ、…ッ、」
水道の蛇口から勢いよく流れ出す水のノイズの中、まさきは声を殺して泣いた。
泣きながら、何の涙かよく分からなくなっていた。
…ただ、自分は自分に嘘を突き通せないことに気づいた。
 ずっと、男の子で居たかった。…ずっと、ずっと。
ちいちゃんと対等な、彼のライバルで居たかった。…ずっと。これから先も。
だけど、周囲はそれを許してくれない。
もう誰も、「ごっこ」に付き合い続けてくれない。
そして、とどめの父のセリフは、翌日の夜に待っていた。



 「まさきィー!今帰ったぞォー!」
もう深夜に近い。
「何だよ、うるっせぇな、隣りに迷惑だろ…?」
めずらしく父は赤い顔をして、何と手土産まで手にしていた。
その和菓子を母に手渡しながら、「いやぁめでたい!」を連発している。
「まぁ、飲め。…ってお前はもちろんお茶だけどな。まぁ座ってつきあえ、まさき。…ハハハ、
今夜はわしの人生最高の夜だぁー」
母がお茶を煎れる。父は 「オヤジはまだ起きてるか?」 と落ち着かない様子で訊く。
母は寝ていると分かっていて、祖父の部屋まで見に行き、一人戻ってくる。
「…そうか、まぁオヤジには、明日までのお楽しみにとっとこう」
「何なの?ホント嬉しそう。…今日、ちいちゃんのバイトの日でしょ?二人で飲みに行って
たの?まさか彼にも飲ませたんじゃないでしょうね」
父は揺れる頭を緩慢な動作で左右に振りながら、あいつにはほんのビール一本程度だ、
と手を振った。
「こらまさき!消えるな!」
うんざりと辟易気味にまさきが階段に足を掛けると、ダイニングから声が飛んできた。
「母さん聞いてくれ!今日、桶川の道場には跡取りが出来た」
「 ! 」
母よりも驚いたのは、まさきだった。
「ちいちゃんが…あいつ、うちを継いでくれるって言ってくれた」
「…あなた………、」
母が揺れる瞳で父をそれとなくたしなめる。
「何それ………?!」
ダイニングテーブルに身を乗り出して声を荒げるまさき。
「ハハハ…わしは嬉しい、こんな嬉しいことはないぞォー!ほらまさき、座れ。湯飲みで
乾杯だ、ホラ」
「…どういう事…?!そんな…ッ、だったらオレは………?!」
父のセリフは、その場の二人を仰天させるには十分すぎた。
「ちいちゃんが、何とお前の婿になってもいいって」
「…ハァ?!」
「あなた、落ち着いて。何言ってるの、もう…!」
母がまさきよりも先に反論する。
まさきは頭に血がのぼるやら恥ずかしいやら、脳みそをかき回されたかのように困惑した。
心臓はまたもバクバク言い始める。
「そんな社交辞令の冗談、いい年して真に受けないで下さいよ」
「そうだ、何でよりによって………、」
まさきも、にわかに泣きたくなる。何故だか、屈辱感。
「嘘でも冗談でも無い!本気だ、わしもちいちゃんも」
「またまた…あなた、相当酔ってるんだから…。今日はもうこのまま寝て下さいよ、
今お風呂なんか入ったら心臓発作。」
母が父を立たせる。
父は足腰に相当来ていて、母の支えが無ければ、まっすぐに歩くことさえ出来ない。
「まさき、よかったなぁ。奇特にもお前を嫁にしてもいいって男がこの地球上に居て」
父が母にわき腹を抱えられながら、つまらないからかいを投げてよこす。
ムキになり、売り言葉を買ってしまった。
「何で!あんな男、こっちから願い下げだ…!だいたい、駆けっこで年下の、しかも女に
勝てないような軟弱な奴じゃねーかよ!もう忘れたのかオヤジ!」
父は意外にも喉を仰け反らせ、高笑いした。
「あぁ、今日その話も出たなぁ、あいつと話してて。…まさき、悪かった、実はあの勝負、
八百長だ。」
「…はっ………?」
一瞬、何と言われたのか理解できない。目まいを感じる。
「あれなぁ、お前があのままだとメシも食わずに泣き続けるから、わしと隣りの渡辺さんとで
話し合って決めたことだったんだ。ちいちゃんには、頼むから負けてやってくれ、小遣いやる
から、と言ってな」

 ─────まさきのショックは多分この世の誰にも理解出来はしないと思う。
今日までの彼女を支え続けてきたアイデンティティーの崩壊。

─────…自分は、強くなどなかったのだ。



 翌朝。6時半。公園に、長身は居た。
まさきは無視する。
「待てよ………!」
袴姿の肩を、後ろから強く掴まれた。その腕の強さにさえ、怒りが込み上げる。
「話、したいまさき。」
「オレはしたくない」
「………頼むよ、」
「イヤだ」
再び走り出すまさき。後を追って来るちいちゃん。

 「……………ッ、ダメ、ちょっと…、まさき待って…、オレ、もう、…ッ、」
「───…いいんだって、そんな走れないフリしなくても」
「…してねぇよ、そんな、手の、込んだッワザ…ッ、…あぁ、死ぬ…」
散々町内を走り回って。それでも後を追ってくる彼に、まさきが根負けした。
「───…昨日、お前のオヤジに飲まされて…、オレ、昨日まで自分で知らなかった
けど、アルコール超弱いみたい」
「……………。んで、酔っ払って口滑らせたのか」
「─────………。」
両手を両膝に付き、うなだれてゼェハァ言ってたTシャツにジーンズ姿の男が。
様子を伺う犬のように、目線を上げてまさきを見た。
「………怒ってる………?」
「何を」
「…怒ってる…よな………、そりゃ当然だと思う、ごめん」
「だから何を!」
苛立ちを隠しもせず、腰に手を当てた袴姿は、本当にどこから見ても文句の付けようの
無い、凛々しさだ。女の子が放っておくわけが無い。
「…いや、先にお前に言うのが筋だもんな…、何か卑怯な手を使って悪かった」
「───…卑怯は今に始まった事じゃないだろ?!」
そこまで言われて、さすがにTシャツ姿もピクリと眉を寄せる。
彼の放つ空気が変わって、思わずまさきは後ずさりしていた。
 のどかな初秋の朝。近所の人達が犬を連れて通り過ぎる。そのたび二人は挨拶と
作り笑顔を向けなければならなかった。
「…まさき、お前の部屋で話そうぜ、な?」
また、有無を言わせないような言い回し。
…お前ん家、行ってもいいかな、とか言えないのかこいつは!
………まさきは心の中でそう毒づきながら、無言で歩き始めた。

玄関口から引き止める家族を無視してまっすぐ階段へ。ちいちゃんは父親や祖父達に
「また後で」と歩きながら笑顔で頭を下げている。
彼を部屋へ通すなり、まさきは派手な音を立て、引き戸を閉めた。
「…あ、ここから昔オレが使ってた部屋、丁度見える。…ホラ、あの向かいの窓」
戸口の真向かい、開け放っていた窓辺から、ちいちゃんは懐かしそうに目を細め、身を
乗り出した。
「………今は聖が使ってるよ!」
吐き捨てるように言い放ち、派手なしぐさで袴のままあぐらと腕組みをする、部屋の主。
観念したようにちいちゃんはそんなまさきの真正面に正座し、頭を深々と下げた。
「………ごめん…!」
「…だから!何のごめんだよ?! とりあえず謝っときゃオレの機嫌が治まるって?そう思って
んのか?!」
「…思ってねェよ、そんな事!」
さすがに、このセリフにはちいちゃんもムッと顔をしかめた。
「……………。」
「…じゃあ………。まず、この前の撮影の…あの事から謝る。…悪かった」
「…ハァ?!」
まさきには、何に対して謝られているのか、てんで思い当たらなかった。
「…お前、まさか泣くほど嫌だったなんて…。何にも言わないから、オレそこまで気が回ら
なくて…、その、あれ、やっぱ初キスだった?」
「 ! 」
豆鉄砲をくらったような瞳のまま、瞬きさえ出来ずに顔を染めるまさきを前にして。
「やっぱそうだよなー、初めてが女の子相手じゃなぁ…、いや悪かった」 と。
ちいちゃんはしきりに一人合点して何度も謝ってくる。
「─────…ッ、」 何言ってんだ、その前に人が寝てる時ちゃっかりしてきたクセに!
…言ってやりたいけど、口には出せない。
真っ赤になったままのまさきに。
さっきまで殊勝な口ぶりだった目の前の彼が、急にいたずら気な唇の端をあげて見せる。
「…それは可哀相だと思って、オレ、一応この前キスしてみたのですが………」
「………ッ!」
殴りかかったまさきの右拳は、手首ごとちいちゃんに止められていた。

 「─────…何だ、知ってるって事はやっぱり起きてたんじゃん、あん時。…だったら
何か言えばよかったのに。…お前なら、かわせただろ?オレがキスする前にさ。」
…目、閉じたままだったからオッケーって事かな、って思っちゃった、などと。言いたい放題
な彼。捕らえられた拳を下ろすことも出来ないまま、震わせているまさき。
確かに、ちいちゃんの言う通り。
長年武術に携わってきた者になら、目を開けていなくたって気配を避けることくらい
出来る。簡単な初歩だった。
 そして、避けられなかったのは、やはり潜在的に 「避けなかった」 まさきが居たからに
他ならない。
 すぐ間近で、ご機嫌を伺うように見上げてくる瞳。
「─────…他に、謝ることは…ッ?」
怒った顔のまさきに。
「ごめん、今さらだけど。順序、思いっきり無視だけど。…好きなんだ」
「……………?!」
「好きだったんだ、まさき。…てか、好きになってた、いつの間にか。確信したのって、
あの時だけど。…お前と山まで下見行った時。」
「─────………。」
「…何とか言ってよ?オレ、これでも今、超恥ずかしいんだぜ?」
「………オレは………ッ!」
「───…うん、」
「お前の事なんか…ッ、」
「…うん」
「─────…大ッッッ嫌いだ!」
言ってやった、と。勝ち誇った目でまさきは微笑った。………その時。
─────唇は塞がれていた。
「………、……ッ、ちょ、…、」
慌ててもがく。手首を振り払おうとする。けれど、ビクともしない。
逃れようと身を反らし、あろうことか頭から畳に落ちた。…尚も、息もつかせぬほど、
熱い唇は触れてくる。ギュッと固く目を閉じて、それが終わるのを待った。
食いしばった唇を、湿った舌がこじ開ける。
それから逃れようと頭を捩るけれど、唇は逃れられない。
「───…ッ、………」
呼吸が出来ない。
両手首は彼に押さえられている。
歯列を割り、熱く湿るそれは口内を荒らすように侵入してくる。…ちいちゃんの、舌だ。
…思考が白く止まる。脳が酸欠状態。何も考えられない。
「…ン、………、」
……………気が付けば、片手の手首は開放されていた。
ちいちゃんの長い指が、まさきの髪を撫でる。
こめかみから差し入れられたこの指の感覚を、彼女は思い出していた。
あの雨の中、彼はやっぱりこんな風に。今みたいに、幾度も髪を梳くようにこめかみから
後ろへ…。朦朧とした意識の中、あの指がどれほど安心感を与えてくれたのか…。
………指は、まさきの寄せられている眉間をほどくようにそっと親指で上下にたどった。
なだめるようにどこまでも優しく。
ようやく薄く目を開くと、唇はやっと開放された。
「─────…。」
見下ろしている微笑が、深くなる。
「そんな目で見つめないで…、オレこれ以上のことしたくなる」
「……………!!」
まさきが飛び起きた。

「な、何やってんだ、テメェ!」
「………まさき、好きだよ」
「触るなッ!オレはお前なんか大嫌いだッ!何度も言わせるな!」
「───…まさき、オレがオヤジさんに言ったこと、冗談だと思ってるだろ?からかったと
思って怒ってる?」
「─────…ッ、」
また、そんなセリフでひるませる。
「だけど、オレは大マジ。…お前が嫌なら仕方ないけど、オレはもしもお前のとこに婿養子
で入れるなら、こんなラッキーねぇよ」
「………バッカじゃねーのか…?!」
「バカでもいいよ、だってホントの事だもん。…オレ、苗字もう2回も変わってるし…、
最初の渡辺がお袋の苗字に変わって、去年お袋が再婚して成瀬になって。
…また変わっても、どって事ない」
「───…んな話、してねーっつうの!」
「オレはこの話、したくて今日公園に行った」
「オレはそんなの絶対ごめんだ、もうお前に振り回されんの、まっぴらだよ…!」
「………まさき、お前の気持ち聞かせろよ」
「だからさっきから言ってるッ!キライだ、って!」


「だって愛しすぎるから。」−4
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