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5 卑怯者への果たし状。
まさきは、いつかのように泣いた。
一人、部屋で。声を殺して。
…声を殺した分だけ、涙はとめどなく溢れて来る気がした。
どれだけ泣いても悔しさが込み上げてきて、腹が立って、喉が痛くて。
むせながら、それでも泣いて─────…泣いているうちに、だんだん泣いてる理由も
分からなくなって来た。
「─────………。」
のぼせたような頭で、ふと窓の外を見る。
視線を感じたから。…やっぱりだ、2階の窓から、聖がこちらを見ていた。
「……………ッ!」
慌てて立ち上がり、勢いのまま窓を閉め、障子も閉めた。
…ちいちゃん。
彼の涼しい笑顔を思い出しただけで、やはり無性に苛立ち、こめかみが痛む。
………ついさっき、あの彼に告白されたというのに。
何で舞い上がれないのか、そんな理由くらい、簡単に理解出来る。
─────…だって、信じられないから。
彼のこと、死ぬほど好き。
だけど同時に、彼のこと信頼できない。
小学校の時の駆けっこは、わざと負けて自分を勝たせた。
撮りたい映画を撮るためなら、由美先輩が訴えても女同士でキスまでさせる。
由美先輩がそれじゃ嫌だ、と駄々をこねたら、自分の意思を貫徹するために、簡単に
その場しのぎのキスなんてしちゃえるちいちゃん。
…そこに、彼女に対する思いやりとか、何もなくて。
…彼女が自分を好きだと知っていて、あんな事出来る彼。…そして彼の初志は
全うされた。
───…自分がタヌキ寝入りしていると知ってて、了解も得ずに唇に触れた。
きっと彼は、全てお見通しで───結局は許されることを知っていて。
ずるいずるいずるい。
なんてずるい男だ。
─────…そして今度の、「婿入り」の話の裏には…。
一体どんな彼の思惑が隠されているんだろう。
世界中で一番好きだって言ってたな、うちの道場が。
もしかして、彼の夢は剣道の道で生きてゆく事なんだろうか。
だとしたら、この道場が名前ごと手に入るなんて、これ以上のラッキーは無い。
ましてやオレがあいつの事好きだった、って気持ちに気づいてたんなら、
こんな好都合、無いのかも知れない。
しかもオヤジを抱き込んで、周りから固めるあのやりくち。
…気に入らねぇよ。
なんて卑怯な奴。
「えッ?! …部長そのシーン、使う気ですか?」
編集に掛かっていたちいちゃんの背後から、一年の高原がコンピュータ画面を覗き込んだ。
「って使わない手はないだろ、本編の中で最高傑作な演技じゃん」
─────…まさきがキスの後、涙している横顔。
「そりゃ演技じゃないッスよ、使っちゃダメでしょ、ヒトとして。」
「……………。大丈夫、あいつがオレなら使うから。」
「 ?! 」
高原が背後で露骨に顔をしかめたのは、背を向けているちいちゃんには見えなかった。
「部長、…部長が思ってるほど、あいつ強くないですよ、何つうか、パッと見分かんないけど
ナイーブ?…とにかく、そんな顔全校生徒の前で流されたら、あいつきっとボロボロに
なるよ」
男勝りでクールなまさきが、きっと誰かに一番見られたくないとしたら、涙だ。
キスシーンは本人の納得の元としても、この不意打ちな涙は、訳が違う。
「やめてあげてよ、頼むよ」
─────ちいちゃんは、背後に立つ高原を振り向かず、画面を見つめたまま返事
した。
「…お前最初の目的を忘れんな。…何のために夏休み費やしてオレ達撮影して
きたんだよ?!たかが文化祭で2日間だけ上映される小作品に過ぎないけどな、それでも
お前だって分かるだろ、ここのカットがあるとないとじゃ、印象が大違いじゃんよ」
「分かってるよ…ッ!! だってそりゃ、それ演技じゃねーんだもん、どんな迫真の演技より
息を呑んじゃうよ………っ!だけど、それよりあいつの気持ちとか、考えてやってよ」
「─────…。高原、お前まさきの事、好きなの?」
「 ! 」
不意打ちに遭い、高原のこめかみに血がのぼる。
「…だったら何だよ?! カンケーないだろッ!」
ようやく、ちいちゃんは背後を振り返り、イスからまっすぐに目の前の彼を見上げた。
「大有りだよ。…残念でした、あいつの好きなのはオレだから」
「……………ッ!!」
殴りかかった高原の拳を、彼は無表情で制する。
避けられもせず、手で止められて、余計に高原のこめかみは軋んだ。
すぐ間近に、射抜くようにまっすぐなちいちゃんの黒い瞳がある。
「…わっかんねぇよ…、あんた自信過剰…!やりたい放題!ワンマンすぎッ!」
「……………そうか?」
わずかに首をかしげるしぐさ。
こんな状況で、こんな態度と間の抜けた返事が出来るのも、格好よすぎて尚更ムカつく。
…緊張感のない声とは裏腹に、彼の手はまったく力を緩めない。
「バラしたな、聖」
部屋に上がってきたお隣さんに、三角座りで膝を抱えていた長身のショートヘアは、
低い声でうなった。
目は泣き腫らしたと言わんばかりに、充血している。
「………何を?」
「オレが…ッ!ちいちゃんを好きだって、言っただろ本人に!」
「えー、言ってないよ、」
「うそつけ!」
「…好きなんじゃないのかなぁ、とは言った事あるけど」
「……………、」
「────何だ、やっぱり好きなんだ、」 よかったじゃん、と。
のんきに微笑まれて、余計に怒鳴る。
「何が !!」
「だって、さっきキスしてた」
「……………ッ!」
真っ赤になって、口元を手の甲で拭う。
頭の中はパニックになる。…見、見てた…?! 見られてた?! 一部始終?!
訊くまでも無く、うなずきながら聖は返事をした。
「ちいちゃんがここの開いてた窓から覗いたじゃん、うちを」
ビックリしたよ、何でちいちゃんが居るの?!って。
聖は落ち込んだ様子も、傷ついた様子も見せず、代わりに 「よかった、まさきで」 と
つぶやき、微笑みを深くした。
「…何が。オレはちっともよくねぇよ」
「何で?だって両想いだったんじゃん!よかったよ、あたしまさきだったら、何か自分と
ちいちゃんが両想いだったようなホッとした感じがある。…あーよかった、他のヒトじゃなくて。
安心したっ」
───ねェキスされた時どんな感じだった?と。
顔を覗き込まれ、そう尋ねられて、咄嗟にまさきは聖を押しのけていた。
泳ぐ瞳でまくしたてる。
「あ…あいつはっ、オレの事なんて好きじゃないし、どうでもいいよ!それ知ってるから、
すっげームカついた…!」
「えっ?! どういう事?!」
「何でか知んないけど、ちいちゃんの奴、この道場乗っ取りたいんだよ !! オレが跡取りに
なるんじゃなくて 自分のものにしたいんだ、そのための壮大な計画が ヤツの頭ん中で
繰り広げられてるんだよ !!」
しばらくの沈黙の後、大きな目を見開いていた聖が、小さく吹き出した。
「なに小さい男の子みたいなこと言ってんのよ ?! そんな事あるわけないじゃん!」
「それがあるんだって…!だ、だってそうでもなきゃ…絶対おかしいよ、あいつ…、」
「───…何よ」
「…うちに婿養子に来るって………ッ、」
自ら口に出して、他ならぬまさき自身がその言葉の意味になおさらうろたえた。
「まさき。ちょっと話、ある」
校内の廊下で、まさきはちいちゃんに呼び止められた。
相変わらず、有無を言わさぬ手が肘の辺りを無遠慮に掴んで来る。…離さないぞ、と
言う代わりに。
「…ちょうどよかった、オレも話がある」
二人の横を、女子生徒たちが通り過ぎてゆく。
絵になる二人を見つけた途端、彼女達のテンションは跳ね上がる。
「キャー!成瀬センパーイ!」
ちいちゃんはソフトな笑顔で返す。
…この笑顔が曲者なんだ、と間近でまさきはその横顔をにらみつける。
目がハートになった女の子集団は、消えてはまた廊下の角から次々現れ、ここじゃ話も
出来ない。
「ちょい、こっち」
そんなまさきの半袖からむきだしの腕を取り、まだ誰も来てない部室へとちいちゃんは歩き
出した。
昨日、…いや、正確には今朝まで掛かって編集を終えた、例の映画。
「あの最後の場面な…、あのまま使うの、やっぱマズいかな」
「……………。」
「ホラ、あれは予定外でシナリオには無かったんだしさ、」
「─────…。」 泣かせた原因はお前だしな、と。腕を組んで立っている無表情は
心の中で返した。
「でも、実はもう編集しちゃったんだけど。」
「 ?! 」
無邪気に舌を出してくる、食えない男。…まただ、まさきの頭に血がのぼり始める。
わっ、怒んな!なんて。戸惑うフリしてるけど、目は笑ってる。
「─────…ちいちゃん。オレと勝負しろ。」
「………?勝負?」 今度は目を丸くする、魅力的な彼。
やっぱり、戸惑ってなんていないクセに、前髪かき上げて、さも戸惑ってるようなフリして
みせる。…その骨ばった長い指とニューモデルのGショックを目で追いながら、まさきは
一気に告げた。
「今度の土曜!場所はうちの道場で!朝7時。───…稽古じゃなくて、試合だ。
…分かったな?」
「ち、ちょっと待て…、え?! 何それ、もしかして試合に勝ったらつきあってくれるとか、
そういう………、」
「映画の件もオッケーしてやる」
まさきは背中を向け、「今日は部活休む」 とだけ付け足すと、その場から消えた。
まさきにとって。
これは紛れも無く人生最大の大勝負だった。
こんな勝負は、後にも先にも一度きり。
一応、親に承諾を得る。
親は意外にも、手を叩いて大喜び。
「おーいいぞいいぞ、使え、道場。…いや、わしらも楽しみだ、なぁ母さん、オヤジ」
3人は端から、ちいちゃんが勝つと決めて掛かっている。
そこにみじんの不安も無いのが見て取れて、またまさきは唇を噛んだ。
「無制限、一本勝負。」
「オーライ。…で、オレが勝ったらまさき、」
目の前のちいちゃんは、余裕の笑顔。白と紺の上下、その袴姿には神々しいほど圧倒
される。
まさきだけが、張り詰めた糸のように硬い表情。
審判は、父、祖父。…それから、お隣りの渡辺家がギャラリーとしてやってきていた。
エアコンのよく効いた、涼しい道場。まるでお祭り気分の呑気な渡辺さん家。
夏祭りのうちわを手にした祖父母と父、聖、ダイちゃん。ダイちゃんに抱えられた、
子犬のペコ。
「…勝てば、オレと付き合ってくれるんだな?…映画にあのシーン、使っていいんだな?」
笑顔をそのままにサラリと言われて。
まさきは赤面するかと思っていたのに、その思惑は外れた。
この時を待っていた、と言わんばかりに、まさきは不敵な笑みを浮かべる。
「……………逆だ」
紺地の袴姿で、まだ防具も見につけていない二人。なのに、いきなり空気は静まり返る。
高い天井が、何故か間近に押し迫るような緊張。
「…えっ、」
まさきは口を開けている目の前の長身に、繰り返した。
「逆だ。お前が勝ったら───…お前、オレの言う通りにしなくちゃならない。映画に
あのシーンも使わせないし、もうここにも出入りするな!…その代わり!お前が
負けたらッ!お前オレと結婚しろ!婿養子になれ!絶対イヤでも道場、継げよ?!」
「 ?! 」
その場の全員が頭を捻った。
───それなら、尚更事はカンタンな訳で。
ちいちゃんが負ける事で彼の望むもの全てが手に入るなら、彼は手を抜けばいいだけ
だった。
「まさき………、お前頭混乱してない?! 言ってること逆…、」
困り顔で手を振るちいちゃん。
「逆じゃない。これでいいんだ。…ちいちゃんになら、カンタンに出来るだろ?あの時みたい
に 大人達の前でワザと負けて見せればいいんだから。」
「 ! 」
さすがに、ちいちゃんも息を呑んだ。
…見つめてくるまっすぐな視線。
……………傷つけていたのだ、と。ようやく腑に落ちる。
先日、高原から言われた時には、何の事だか全くピンと来ていなかった。
口では何を言ってても、結局まさきとは解かり合えてるような、そんな錯覚を持ち続けて
た。
自分のする事になら、まさきはしぶしぶでも納得してくれると。
だってまさきは自分の事を、きっと誰よりも分かっていてくれるに違いないから、と。
そう、全部知ってて好きで居てくれてるなんて。
甘えた考えを、今 目の前の、傷つき、けれど真摯に見つめてくる視線にようやく気づか
された。
…オレは、まさきを見くびっていた。どこかで、「所詮は女の子なんだから」 と。
─────彼は心の中で後悔した。
今までの様々な出来事と…それに対して、自分が彼女をどれ程バカにして、無意識とは
言え、見下した態度を示してきたかを。
「─────…分かった。」
勝負は、こうして始まった。
防具を身に着け、道場の中央に立つ。間合いを計り、お互い遠間に向かい合う。
父の号令と共に、無制限の一本勝負は、その幕を切って落とした。
竹刀のもつれ合う乾いた音が、何度もアグレッシヴに飛び交い、床を二人の素足が
擦れる。
「……………ッ、」
まさきは驚いていた。
…ちいちゃんの剣さばきは、予想していたよりも遥かに速くて、真剣のようにシャープで。
…打突を見切れない。一振りが重い、手がしびれる。
嘘だろ………?!
子供の頃から毎日竹刀を握ってきた自分と、引っ越してからこの3年間、竹刀を握りも
せず、ましてやつい最近まで地稽古さえつけてなかった彼が…!
苦戦を強いられ、彼の打ち落としてくる一刀を受けるので精一杯だった。
出足の速さも格段で、派手な張り技の応酬に知らず後ずさり、どんどん隅へと追い詰め
られる。
「クッ、」
闘争心がむき出しになる。アドレナリンが過剰分泌され始める。
全身が粟立つ感覚。…頭頂だけが氷のように冷えて、全霊が喜びにむせ返る。
……………ちいちゃんが、本気を出してる。それだけで、心がザワめき立つ。
彼の、防具から覗く視線は、今にも人を殺しそうだった。
ゾクゾクしてくる。背筋を何かが駆け抜ける。
こんな日を待ってた。
もっと早く、彼にこんな目を向けてもらいたかった。
幼い頃からずっと、彼の世界の中に混ぜて欲しかった。他の男の子達のように。
まさきが切望していたものが、今ここにあった。
集中する。
血が一点に集まる。
流れるような身のこなし。
無駄も隙も無い彼は、とても美しかった。
…まるで舞うような剣さばき。沸き立っている、青白い炎のような燃えるオーラ。
「─────…!!」
転地がひっくり返っていた。
額がチカチカする。
「大丈夫かッ?!」
─────誰かの叫び声。…あぁ、多分、渡辺のほうのおじいさん。
見上げた先、ボヤけていた視点が定まってくる。…ちいちゃんがまさきを覗き込んでいた。
『……………あぁ…、ちいちゃんが竹刀を下ろしてそこに居る。…てことは…』
自分は負けたのだ、と。ようやく気づく。
虚を突くように打ち込まれ、それが決め技となり勝負は付いていた。
見下ろしてくる表情は、全く笑っていなかった。
尻餅をついて、その場から見上げるまさきを、彼は立たせはしなかった。
その代わり、片膝を付き、自らもその場で面の防具を頭から外すと、「ごめん」
と告げた。
「………ごめん、まさき。…ごめんな。」
「─────…。」
いつか、謝れ、と言って、告げてもらえなかった言葉。心からの謝罪。
ようやく、まさきは欲しかったものを手にした。
ちいちゃんと、対等に向き合いたかった。
彼に、対等に扱って欲しかった。
ちいちゃんはその場で姿勢を正し、正座した。袴姿の彼。生地のさばかれる音。
「…悪かった。」
竹刀を脇に置いて手を付き、最敬礼する。
「ち、ちょっと…、」
膝を立て、へたり込んでいたまさきのほうが、今度は逆に慌てて、そんな彼を覗き込んだ。
「…けど、お願い」
「 ?! 」
ちいちゃんは顔を上げず、額を床につけたまま呟く。
「…使わせて、映画にあのシーン。…それから…、」 オレと付き合って。
「……………ッ、」
───確かに、そう聞こえた。
ちいちゃんはまだ、頭を上げない。
………どうしよう。どうしたもんだろう。
困惑しながら、ギャラリーの家族達を見る。
「……………。」
揺れる視線の先、彼らも何と返事していいのか、息を殺して見つめたままで。
すると、いきなりちいちゃんが前触れも無く、顔を上げた。
「オヤジ!おじいちゃん、おばあちゃん!」
「 ! 」
彼はこだまするほど大きな声で、ギャラリーを見る。
「オレ、桶川家にマスオさんとして戻って来たいんだけど、…オッケー?!」
灼熱の太陽も、ようやくその表情を和らげてくれた穏やかな秋。
土・日の二日間、文化祭は盛大に盛り上がり、中でも例の映画の話題は、人の口から
口へ…。毎回、上映時間には入り切らないほどの列が出来、今年の文化祭一番の
ハイライトとなった。
たった30分の、しかも素人作品に、それでもラストのまさきの涙には、多くの女子生徒が
ハンカチを目元に当て、涙ぐんでいた。
─────そしてそのままエンディング・テロップへ。
白みながらフェードアウトしてゆくまさきの横顔。駆けてゆく後姿。上から下へと流れる青い
文字。
他校生の間でまで、「あの格好いい男の子は誰?!」 と、まさきは一躍地元の有名人と
化してしまった。
どうしても見に来る、という両親に、まさきは 「それだけはカンベンして」 と
両手を頭の上で合わせ、必死に頼み込んだ。
それでも 「どうぞどうぞ」 と笑顔で勧めたちいちゃんを、まさきは心の中で
「バカ!」 と
叱咤した。
観終えた母親の感想は、「あなたホント男の子だったらよかったのにねぇ」
だった。
しみじみした表情でそう告げられ,余計にバツが悪くなる。
父は、「あの女子生徒はなかなか綺麗な子だったなぁ、ちいちゃんは何でお前が
いいんだ?まさき」 と首をかしげた。
「まさき、もっかい、あの山行こうか」
「……………何で?」
「何でって…。楽しかったから」
ちいちゃんは無邪気に笑いかけてくる。
「いいけど…。一度行ったとこって、楽しいか?もう一度行っても」
「楽しい。今度も土曜サスペンス劇場ごっこしよう」
「ハァ?! …何それ」
「山小屋に立てこもる二人の狙撃犯ごっこ。」
「─────…頭おかしい?」
ちいちゃんは尚も笑い声を立てながら、背後に抱きついて来る。
「コラッ、やめろよ!みんな見てるッ!」
夕暮れ迫るここは、校門のそば。
文化祭の客達が、「あッ!あの男の子!」 とまさきを見つけ、指差しては騒いでいる。
「………じゃあ今度は吹雪の頃に行く?雪山で遭難する恋人二人。…お前、この前
みたいに急に具合悪くなれ。」
「な、何でッ!」
「今度は、もっと違うことするから」
「……………ッ、」
「わー、そんな真っ赤なカオしないで。…今すんげーいやらしい事、頭よぎってただろ?!
お前」
「………な、何もよぎってないッ!」
振り上げた拳は、歯を見せて微笑う傍らの手にあっさりと止められてしまう。
「………今日、お前ん家、行ってもいい?」
ふいうちみたいに、耳元でささやかれる。
「…ダメ!絶対ダメ!」
「───…じゃあ、オレん家、来いよ。」
ちいちゃんの目は、もう笑ってはいなかった。
「─────…、」
「あ、迷ってる迷ってる」
「迷ってないって!」
「じゃあ来て」
「嫌だッ!」
「何で嫌?」
「へ…ヘンなことたくらんでるだろ ?!」
「ヘンな事って?」
「………もうっ!」
「うわ、まさき可愛い」
今度は横から抱きしめられる。
「離せ離せ離せ…!可愛いだなんて気色悪いこと言うな…!」
「だってホントの事だもん」
往き過ぎる人の波が、二人を指差し騒いだ。女の子達の悲鳴、男共のヤジ。
「男同士でお前らヤベーッ!」 なんて指を差されて。
「バッカ、こいつスゲーぞ ?!」 と意味深な言葉を返し、男の子達を赤面させ、黙らせる。
「……………ちいちゃん…、何か激しく誤解受けるような発言、やめてくれる」
「…じゃあ誤解じゃなくて事実にしない?」
今度こそ、彼のみぞおちに、まさきの肘鉄が決まっていた。
秋の澄んだ空は高く、筆で描いたような雲が流れていた。
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