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6 だって愛しすぎるから。
「…あのなぁ…あんまガッコで くっついて来ないでくれる」
まさきは冷たく言い放った。
文化祭が終わった途端に、中間テスト。
…季節は一気に秋めいてきて、この前まで半袖で汗をかいていたのに、もう上着が要る。
「じゃあ どこでならくっついてもいい?」
隣りの長身は、早足のまさきを追うように廊下で並ぼうとして来る。まさきの舌打ち。
「何?何でそんな機嫌悪いの?お前。」
顔を覗き込まれ、視界を半ばふさがれて、それをきっぱり押しのける。
「………もしかして、アレの最中?」
「───…ッ !!」
今度は手が出ていた。
ヒットするはずだった平手を思い切りかわされ、上体のバランスを崩す。
「…っと危ない、」
それをサラリと抱きとめる腕。
「お前、カオ真っ赤。…マジで生理中だった?」
「違うッ!離せって」
「…だったら、問題ないじゃん、うち来いよ」
直線的な誘いに、まさきは耐え切れず怒鳴っていた。
「あのなぁッ!ハッキリ言っとくッ!いつオレがお前と付き合うっつった ?! 一度も言って
ないッ!忘れんなッ!」
「───まさき、」
懲りない隣りの男は、手首を掴んできた。振り払おうとしても、叶わない。
それが余計にまさきを苛立たせる。
通行人の見知らぬ女の子たちが、2人の口論に浮き足立っている。
二人の噂は、今や学校中を駆け巡っていた。
「…あっそう。…じゃあいいよ。」
─────…えっ。
ちいちゃんの、意外なリアクション。
ここで更に憎まれ口を利きながら、白い歯を見せて笑うはずなのに。
戸惑うまさきを置いて、彼はそのまま さっさと廊下を階段のところで右へ曲がってしまった。
もう振り向きもしない、デニムジャケットの背中。
「─────………。」
踊り場で止まりもせず自分を無視して駆け下りてしまう姿を見下ろしながら、急に
不安
にかられる。…なんなんだ、もうっ。
「結納 ?! 頭おかしくなったんじゃねぇか ?! オヤジ」
釈然としないまま帰宅すると、夕食の席でまさきの父親は とんでもない話を持ち出す。
「…何 考えてんの ?! 信じらんねぇよ」
心の中で天を仰ぐ彼女に、上機嫌の父は 「でも ちいちゃんはいいって言ってたぞ」
と
たたみかけてくる。
「…オヤジ、忘れてないか ?! ちいちゃんだってまだ17のガキだぞ ?! ガキが一時の思い
つきと その場のノリで何か言ったって、そんなの酔っ払いの口約束と同じだっ!」
口を尖らせながら、抗議する。…言いながら、自らの放った言葉を脳で受け止めて、
余計につらくなる。
「…だから、ちいちゃんの気が変わらないうちに、仮契約にまで持って行こう、というのが
大人のハラじゃないか」
用意していたような切り返し。そのしれっとした無表情に 口を利くのも嫌になる。
「別に 今すぐ結婚しろとは言ってない」
「当たり前だ !!」
「…ただ、ちょっと冷静に考えてもみろ、まさき。…お前みたいなじゃじゃ馬を嫁にしたいと
いう奴なんざ、…それも婿養子に入ってもいいなんて言うのは、この日本広しと言えども
ちいちゃんぐらいだぞ?お前は ぜいたく言える立場じゃないんだから。もっと
有り難みを
感じてもいい位だ」
「………ッ、だったら結婚なんてしなくていいよ !!」 何だよ、身勝手なことばっかり
言い
やがって!
まさきはやりきれなさに、今にも涙が滲みそうだった。
席を立ちたいのを我慢して、食事を掻きこむ。
…小さい頃から食事を残して席を立とうものなら、はたかれた。…この古風で厳しい
桶川家の一人っ子として16年間過ごしてしまうと、知らず妙に生真面目な性格に
なってしまった自分が居る。
それさえも気に食わない。
ちいちゃんは、3年のブランクをものともせず、父の稽古の元、近く昇段試験に臨む事が
決まっていた。昔、二段まで取ってるから、今度は参段。…多分、余裕。
夜更け。ふいにケータイが鳴る。
まさきは着信を見て、うろたえた。
昼間、背を向けたあいつ。
おそるおそる電話に出ると、ちいちゃんの様子からは、普段の元気さも、あのいたずら気な
色合いも全く感じられはしなかった。
何事かと思うほど、張り詰めた空気。静けさが誇張され、息を潜めて聞いてしまうほど。
「まさき、オレが無事受かったらさ、───…オレとつきあって。」
電話の向こう、低い声がそう呟いた。…ちいちゃんらしくなく、弱い声色。
「………嫌だ」
「─────…どうしても?」
「 嫌。」
「…お前、オレの事嫌い?」
「……………。」
「じゃあ、好き?」
「─────…、」
息苦しいほどの、沈黙。
「どっち…?決めてくれなきゃオレさ、動けないし」
「…何が」
息を殺した低い声は、硬かった。…平静を装いながら、身構える。
「…どっちかはっきりして。…ダメなんだったらオレ、きっぱり諦めて気持ち切り替えるし。」
「─────…ッ、」
自室でケータイを持つ手が、ビクリと震えた。
窓の外は、漆黒の闇。
まさきには答えられなかった。なけなしのプライドや、大きな戸惑いが 彼女を邪魔して
いた。
どうしても、答えられない。喉は締め付けられたように、細い空気しか発さない。
指先は小刻みに震えっぱなし。
……………どうか、こんな緊張の意味が 彼に伝わりますように───…。
そう祈るしか、今は無かった。なのに。
「…そっか、悪かったな………、困らせて。」
所詮、テレパシーなんて通じない。
ちいちゃんは やはり彼らしくなく、消え入りそうな声でそう独り言のようにため息を漏らして、
通話を切った。
「……………、」
電話を胸に握り締め、まさきは一人窓の下、うずくまる。
…違う、行かないでちいちゃん。離れないで。気持ち切り替えたりしないで。
…こっちだけを見てて。お願いだから───…!
たった二文字。音にしたら、二音。
『好き』 と告げる事が、こんなにもとてつもなく、今の自分にとっては難関。
その夜、彼女は眠れなかった。
…結局何故かケータイを胸に抱いたまま、上掛けの中で手足を縮めた。
4月にちいちゃんと再会した時の、彼のあの眩しくてセクシーな微笑みからこの半年間を
順に頭の中で反芻する。
………思い出す、心のビデオフィルムの中に居る彼は、3年生の先輩の女の人と小声で
まさきには分からない部の運営の話をしていたり。…由美先輩とふざけて笑い合ってたり。
…まさきと同学年の女子部員にからかわれ、その頭を小突いていたり。またある時は
内気な女子の声が聞き取れなくて、彼女に耳を寄せたり。
気安く打ち解ける彼は、惜しげもなく あの笑顔をあちこちに振りまいて。
憎らしいほど、女の子の熱い視線を浴びても ひるみはせずに、いつも悠然としている。
自身が どれほどたやすく彼女達の心を掴む事が出来るかを、知っている彼。
考えて見れば、ちいちゃんは子供の頃からそうだった。
人の注目や羨望を集める事を、特別視しないところがあった。
彼にとっては、その事実は余りにも当たり前。あんなにもすんなりと 「愛される」
事を受け
入れて大きくなった彼を、愛さない者はどこに居るんだろう。
閉じた瞳の奥、消し去ろうとも浮かび上がる 彼の笑顔。
いやだ、誰にも取られたくない、自分だけのちいちゃんで居て欲しい…!
ドロドロと黒く渦巻く独占欲は、まさきの胸を痛いほど締め付けた。
───…明け方、知らずほんの少しまどろんでいた。
…夢の中、まさきはちいちゃんの背中を追っていた。
走っても走っても、前を歩く肩との差は縮まらず、彼は振り向かない。
彼の背中は小学生だったり、17歳だったり。
…目を開けると、外はまだ墨を流した色に近い群青をしていた。
「……………。」
大きくため息をつき、額に浮いた汗を手の甲で拭う。
…夏の山で、目にした彼の肩。
浮いた鎖骨。裸の彼は、どこまでも男だった。
あの動転し、朦朧としていた意識の隅で、あの時には自覚出来なかったけれど、
とてつもなく自分が女だと知らされた。
それは死にたくなるくらいの嫌悪感。
ちいちゃんと向き合う、という事は、あの嫌悪と向き合うという事と等しい。
…出来るだろうか。考えただけで目をそむけたくなる、あの感じ。
「─────………。」
青白く白んだ秋の公園。
ちいちゃんの姿は、なかった。
ここまでの道すがら半ば期待して、───…大きく落胆する。
ちいちゃんが手のひらからすり抜けてゆく。
せまる不安に、心が押しつぶされる。切なさが今にも自分を飲み込む。
どうしよう、どうしよう。心はこんなにもかき乱される。たったこれだけの事で。
どちらにも進めない。迷いがグラグラにまさきの心を揺さぶった。
「…まさき、ちいちゃんとケンカした?」
「………なんで」
聖にいきなりそう訊かれて、できるだけ無表情を用意する。
「昨日の夜、電話掛かってきたもん」
訊いておきながら、聖はケンカしたと知っている。
「ケンカじゃねぇよ…、そんなんじゃない」
「…ちいちゃん、すごく元気なかったよ。…疲れてた」
「─────…。」 そんな事言われたって。
「………あんまり ちいちゃんが落ち込んでたからさ、あたし、」
「 何 」
「───…まさきは絶対 ちいちゃんの事好きだよ、って言っちゃった」
「 ! 」
部活でも、部長はまさきに話しかけはしなかった。それどころか、視線も合わせない。
「ケンカですかぁ ?! 部長ダメですって、マズいっすよ 他の子とも仲良くしたでしょ」
「まぁ 夫婦ゲンカにオレら口挟むのは やめときますけどねー、」
「…そんなんじゃねーよ」
男子部員達のからかいに、ちいちゃんはニコリともせず、力なく答えた。
「別につきあってない、オレとまさきは」
「えッ ?! ホントに ?!」
途端に浮き足立ち、瞳を輝かせる女子達。ちいちゃんは 窓のほうを眺めたまま
うなず
いた。
「…何も関係ないよ」
実は、内心ショックを受けたのは まさき本人だった。
頬杖を付いていた肩が、コンマ1mm跳ね上がる。
部室の離れた位置で。他の部員達との会話に聞こえてないフリしながら、背中はしっかり
聞き耳を立てていた。
───── 『関係ない』、って 心に突き刺さる言葉だな………。
何だか、あの日の気持ちが ふと蘇える。…小学校に上がったばかりの4月。
塀の上で立ちションを試み、しくじった夜─────…。
あの耐え切れない、心が張り裂けそうな疎外感。
まさきは ちいちゃんの昇段試合にも、足を運ばなかった。正確には、運べなかった。
…彼が勝つ場面も、負ける場面も 観るのは耐え切れなかったから。
─────まぁ 負けはしないな。…そう、正直に告白すると、あいつが格好よくメンで
勝つところなんか見ちゃったら、悔しすぎる。
…夕刻、総合体育館から帰宅した父から、合格したと聞かされる。
気の早い父は、もう彼の四段の昇段試験の日程の話まで嬉しそうに語っていた。
やっぱり、初めにホッとして、後からジワジワ 焦りにもにた複雑な思いが 責めるように
やってくる。
昨夜から、この感じは ずっと彼女の胸を苦しめていた。
自分はいつまで迷うのか。
ちいちゃんに彼女が出来れば、その時、無理矢理 この想いに自ら諦めを言い聞かせる
のか。
こんな自分も嫌だ。何だか女々しくて。
…答えなんて、決まってるのに。彼が好きなのに。
「─────…まさき…?」
いつかのように、ケータイが鳴った。
ちいちゃんの声は、この前のように力が無く沈んでいた。
「 オレ、」
「…昇段おめでとう」
彼の言葉をまさきは遮る。まさきの言葉を遮るように、ちいちゃんも言った。
「…まさき、これが最後にする」
「─────…、」
ギクリと喉がこわばってしまう。
「オレだってキツいんだ、何度も好きって言うたび、自信失くしていく。」
「…ちいちゃんが ?!」
「…たり前」
「─────………。」
また、いつかのような気まずい沈黙。重くのしかかってくるそれ。
「まさき、オレ お前と付き合いたい…」
「………無理…。」
まさきも、今夜伝えようと この言葉を決めていた。
「ごめんオレ、とても付き合えないよ、ちいちゃんと」
「そっか…。…ハハ、かなりショック。オレ、どこかでタカ括ってた、まさかオレの事、まさきが
何とも思ってないはずないって。…ハハハ、嫌んなるよな」
「…ちいちゃん………。」
「だけどまさき、オレの事 嫌いじゃ…、ないよな………? な?」
やはり、掠れている彼の小声。
「………嫌い」
電話の向こうが息を呑む。
「─────の、反対」
「……………え ?!、えっと…、まさき………?」
まさきには、それだけ言うのがやっとだった。
「けど 付き合うのは無理かも。…自信ない」
「 ! 」
─────なぁ、今日、試合の帰り 山ほどビデオ借りてきたんだよ。一緒に観ない?
まさきは 自転車で3つ先の駅まで向かった。
ちいちゃんは 「聖も呼べば?」 と言ってくれた。けれど、隣りのうちに聖はまだ帰って
いなかった。訊けば、今日は友達の家に行ってるらしい。
仕方なく、電話で言われた道を行く。妙にそわそわと、心が重力をなくしたみたいに
心もとない。
ちいちゃんの家は、一軒家だった。…何故か勝手にアパートだと決め付けていた。
「お袋 再婚したからさ。去年。」
駅裏の分かりやすい場所。玄関口に通されて、静けさに戸惑う。
広い洋風の家は、長い廊下の向こう、右手に入ると広めのリビングになっていた。
「うっわ………!これ何インチ ?! でっけー!」
液晶TV。
ちょっとしたホーム・ミニシアター。
ちいちゃんのお母さんの再婚相手は余程オシャレな人なのか、それともお母さんのセンス
なのか分からないけれど、何だかドラマに出てきそうな…いや、輸入家具のカタログ雑誌
の中に足を踏み入れたような世界が そこに広がっていた。
「……………誰も居ないの?お母さんは?」
「…実は、温泉行ってる。オヤジと一泊二日。」
バツが悪そうに 頭の辺りに手をやって。
あいまいに微笑んだちいちゃんは、大丈夫、ヘンな事考えてねーって。と付け加えた。
「そ、そんな事言ってねーじゃんッ」
まさきはそんな気遣いとフォローに、余計に煮え切らない羞恥を覚えた。
「オレも めずらしく明日バイト休みだしさ、…ホントなら この週末は試合も終わって お前
と楽しく遊ぼうって勝手に思ってたから、当てが外れて、ヤケになって、結局 気が付いた
ら 山ほどビデオ借りてた。」
ちいちゃんは声を立てて笑いながら、ビデオではなく DVDソフトを差し出した。
レンタルでゲットしてきたそれらは、大画面の中、とてもクリアで鮮明だった。
「まさきグラン・ブルー観た?」
「…観てない」
「エイリアン4もある」
「………何で」
「もいっかい、ちゃんと観ようかな、って思って。…お菓子も買ってきた、お前が来る前」
イタリア製カウチの脇のサイドテーブルには、スパークリングする辛いジンジャーエールと、
ポテトチップス。コアラのマーチ。
ソファの上に何故か立てひざで、コアラのマーチを知らず独り占めしながら、まさきは画面に
食い入った。
初めは、この長いソファと言えども 隣りに座るちいちゃんの存在が気になって気になって
映画どころの騒ぎじゃなくて。…だから、必死で画面に集中した。
クリアで美しい画面。
大きな画面を見つめるうちに、いつしか物語にのめりこんでいる彼女が居た。
そんな彼女の一点を見つめ続ける横顔を、隣りの彼が時折見つめる事などもう、気づきも
せずに。
…ふいに、電話が鳴る。
ちょうど、2本目の映画のエンディング・テロップが流れ出した時だった。
ちいちゃんのケータイ電話。
「 ?! 」
どうやら相手は、まさきの父だった。
「 ヤバ、」
独りごちながら、部屋に置かれている時計を見る。あと30分ほどで日付が変わろうとして
いた。
ちいちゃんが通話を短く終え、まさきを見ると 苦笑した。
「…お前のオヤジ、ここに居るんなら別にいい、帰ってくんなって言ったぞ」
その意味に言葉を失うまさきに。ちいちゃんのほうが、困り顔で更に苦笑した。
「お前のオヤジさんさぁ、昔は道場での怖いとこしか知らなかったけど、フタ開けてみると
かなりオチャメな性格してるよなぁ」
「─────…、」
揺れる瞳を泳がせる まさきの横顔に。
「じゃあ まさき!今日はオールナイトで朝まで映画鑑賞会しよっか!」
ちいちゃんはワザと 明るい口調で微笑ってみせた。
「 ?! 」
ふいに。肩に彼の髪が当たって、心臓が飛び跳ねる。もう 何本目の映画なんだろう。
…見れば、ちいちゃんのまぶたは 伏せられたまま、動かなかった。
「……………。」
どうしていいものか、まさきは肩に力を入れながら、その顔を見下ろす。
そうだった、今日は試合があって。きっと、彼はとても気疲れしていたはずで。
さっき、一人だけシャワーして戻って来て映画を観てた彼の髪は、まだ完全には乾き
切っておらず、湿り気を帯びて ひんやりしていた。
───── 本気なんだろうか、ちいちゃん。オレなんかの、どこがいいんだろ…。
先日の、道場での彼の大宣言が耳の中でこだました。
彼の父や祖父母の居る前で。あんな大宣言ブチかまして。
…しかも まさきの気持ちなんて確認もせずに。
───…見つめた先の、彼の頬のライン。
濡れた髪は、いつかの雨の夏山も思い出させた。何だかふいに、切ないような愛しさが
襲う。
ちいちゃんの身体からは力が抜けて、どんどん重みが増していた。
「…ち、ちいちゃん、起きろよ、コラッ!」
「…んー…、」 …あー、ごめん、なんて。
少し身じろいで、また抱きついてくる。目は開かない。
小さい子供が大きなぬいぐるみを抱えるみたいに。
「…コラ寝るなって!…ちいちゃんッ!離せ」
「うー怒鳴るな、耳元で。…まさき、あったかくて気持ちいいな…」
「そんな事どうでもいいッ、重いんだって!」
「………分かった、だから怒鳴るな、耳元で」
ちいちゃんは言葉とは裏腹に、一向に身体を起こす気配を見せない。
「ちいちゃん、そんな事してるなら帰るぞ」
「───…。」
今の一撃、効いたな、と。メン一本、有効だよ、なんてしぶしぶ微笑いながら身体を
起こす彼。
「…まさき、次、何観る?」
「まだ観るのか?」
「…じゃあ一緒に寝てくれる?」
「……………ッ、…次これッ!」
最後の一本は、何故だかB級のスペースオペラ。
「─────………。」 まさきは気が付けば、ちいちゃんの肩に頭を乗せていた。
さっきと逆の体勢。いつの間にまどろんでしまったんだろう。
気づいても、恥ずかしすぎて もう起きられなかった。
ちいちゃんの腕は、彼女の上腕を抱いていた。…多分、視線は真剣に画面を観てる。
そっと、薄く目を開いてみる。ちいちゃんの横顔。…この位置からじゃ、頬と前髪の先しか
見えない。
室内は あまりにも心地いい温度。
彼の肩が当たる左側も、たまらない心地よさ。右肩にある 手のひらのぬくもりも。
まさきは寝たフリをして、ずっとこうしててやろうと決めた。
「……………、」
だけど、そんな風に事はうまく運ばない。
心臓、止まりそうになる。まるでジュラシックパークで、恐竜の目に捉えられてしまった
状態。
前触れも無く、彼の瞳は自分を流し見た。
「………ッ、」
思い切り視線が交わって、言い訳しようと慌てふためく。
「…何だ。目ェ覚めてんじゃん」
「─────…、」 言い切られて、首まで熱くなった。
「…アッ!」 反則技!と言いかけて、それは塞がれていた。
「───…、ッち、………、」
─────キスは長く続く。
決して乱暴でもなく、いつかのように無理に押し入ってきたりもしない。
…けれど、うかがうように忍んできた舌先に、彼女の頭の芯はクラクラしびれた。
「………なぁ、何でオレとつきあえないの…?」
キスの合間、彼がささやく。英語のセリフに重なる、くぐもった低いつぶやき。
「…そんなの、プライドが許さねぇよ…、」
まさきにはそれだけ返すのが精一杯だった。
「何のプライド………?」
「─────…、」
まさきには答えられない。言えばそれだけで、プライドがなし崩しになるから。
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